「陰謀の日本近現代史」保阪正康著/朝日新書
昭和史研究の第一人者である保阪正康氏による日刊ゲンダイの人気連載「日本史縦横無尽」を加除修正、編集し、まとめられたのが本書だ。
歴史は陰謀と結びついている。評者も外務官僚時代、さまざまな陰謀を目の当たりにした。もっとも陰謀は、それを企てた人の思惑通りに進むことはほとんどない。陰謀家の意図を阻止する力が働くからだ。ここが人間の複雑な営みによる歴史の面白さだ。本書では、日米開戦の謎、ミッドウェー海戦、戦争末期のソ連を仲介者とした和平交渉などが扱われる。
個人的に興味深かったのは、山本五十六連合艦隊司令長官の死因についてだ。保阪氏は海軍省軍務局がまとめた「山本元帥国葬関係綴」という秘密文書のコピーを入手する。少し長くなるが、興味深いので正確に引用する。
「私はこの報告書を丹念に読んで、次のように推測した。<山本の乗った1号機が攻撃を受け、撃墜されたのは(1943年4月)18日の午前7時40分ごろ(現地時間)である。砲兵中隊のH少尉らが発見したのは19日の午後2時ごろである。30時間余が経っている。南東方面艦隊司令部の海軍側の捜索隊が現場に着いたのは19日の夕方というのだ。30時間余を経ての山本の死体の蛆の湧きかたは極端に少ない。軍医長や副官とてそれだけの時間があれば全身が蛆だらけになっていたはずだ。つまり山本らはブーゲンビル島のジャングルの中に墜落したときは、生存していたのだ。軍医長も副官も皆重傷を負っていたにせよ生きていた。2人は山本のもとに這うようにして近づき、やがて命が尽きた。山本は座席に座り中腰で軍刀で身を支えつつ亡くなったという光景が浮かぶ>」
大本営発表では、米軍機と交戦中に「機上にて壮烈なる戦死を遂げた」ということになった。山本が乗っていた一式陸上攻撃機は、空中で爆発することなく地上に不時着することができた。その後もしばらく山本が生きていたという事実が明らかになれば、「捜索がもっと早く行われれば、山本長官の命を助けることができたのではないか」という批判が起きることを恐れ、海軍は真実を隠蔽したのであろう。
★★★(選者・佐藤優)
(2021年1月20日脱稿)