視野が広がる生き物本特集
「アナグマ国へ」パトリック・バーカム著 倉光星燈訳
圧倒的な存在感で、ただ生命をつなぐ営みを繰り返す生き物たちを見ていると、人間社会のアレコレが小さなことのように思えてくるのではないだろうか。そこで今回は野生動物と人間社会の距離感、さまざまな動植物のユニークな名付けなど視野が広がる5冊をご紹介!
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英国ガーディアン紙の記者である著者が、アナグマという種の受難を取り上げたネーチャーライティングの書。
英国人にとって長年、アナグマは農作物を荒らす害獣だった。キツネは王侯貴族の狩りの対象として保護されたが、アナグマ狩りには何の規制もなかったため、残虐な扱いができる対象だったのだ。
上流階級から搾取された労働階級の憂さ晴らしの対象としてアナグマが酷い扱いを受けた流れが変わったのが1908年。ケネス・グレアムが書いた児童文学「たのしい川べ」のキャラクターとしてアナグマが描かれたことがきっかけだった。しかしその後、アナグマの死骸から結核菌が発見されたことによって、駆除派と反対派の抗争が始まる。
動物に対する共感と嫌悪を行き来する人間の姿が見えてくる。
(新潮社 3200円+税)
「野生動物のためのソーシャルディスタンス」戸川久美著
動物と共存していく上で、人間はどのようなスタンスを取るべきなのか。本書は、イリオモテヤマネコを発見した動物作家・戸川幸夫の次女であり、認定NPO法人「トラ・ゾウ保護基金」の理事を務める著者が、自身の活動とその意味について解説したもの。
本書を読めば現在、野生動物が置かれている状況の問題点はもちろん、こうした活動が単なる動物好きの活動ではなく、動物の生息域を守ることが、人間にとって大切な自然環境を守ることにつながることがわかる。
野生動物のためのソーシャルディスタンスとは、人間と動物との物理的な距離ではなく、人間が野生動物との間で取るべき心の距離を指すという。むやみな保護や管理ではなく、野生動物の尊厳を尊重し、彼らの生息域から一歩引く人間側の知性が試されている。
(新評論 2200円+税)
「ママ、最後の抱擁」フランス・ドゥ・ヴァール著 柴田裕之訳
知性や理論、言語を重視する一方で、情動や観察、非言語を軽視しがちな人間は、霊長類研究でもチンパンジーの権力闘争に注目することが多かった。しかし、本書の重要なテーマは争いの解決行動だ。「ママ」という名の雌のチンパンジーのリーダーとしての情動を軸に、仲直りや協力という側面に光をあてる。
たとえば、2頭の雄が戦った後に仲直りできないことに気付いた「ママ」は、一方の毛づくろいをしてから、その雄を連れてもう一方の雄に近づき、しばらく3頭で一緒に座っている。機が熟すと「ママ」は立ち去り、残された2頭の雄が互いに毛づくろいをして和解するというのだ。
本書は、前作「動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか」の姉妹編。霊長類研究を通して、独裁や分断が目立つ人間社会に警鐘を鳴らす。
(紀伊國屋書店 2400円+税)
「学名の秘密」スティーブン・B・ハード著 上京恵訳
動植物の名前には一般名と学名があるが、学名を付ける際に特定の人物の名前を織り込んで命名する「献名」が行われることがある。動植物を発見した科学者の名前が使われることが多いが、時には芸能人やスポーツ選手、映画や小説の中の架空の人物の名前が使われていることもある。
本書は、そんなユニークな名付けがされた動植物を紹介しながら、生き物はどのように分類され、命名されるのかを解説。加えて命名権の売買など、名付けにまつわる知られざる話を披露している。
たとえば、長い足とオレンジ色の毛を持つクモ(イラスト)はミュージシャンのデビッド・ボウイから、丸くて金色のおしりを持つ新種のアブは、ビヨンセから名が付けられたという。一見堅苦しくも思える研究の世界だが、実はおちゃめな遊びに満ちている。
(原書房 2700円+税)
「生態学者の目のツケドコロ」伊勢武史著
さまざまな生き物の普遍的な法則や機能に着目し、それらがからみ合う自然界の成り立ちを日々考える生態学者は、身の回りで起こる事象を生態学的な視点から眺めている。新型コロナウイルスの流行、レジ袋の有料化、晩婚化や少子化など、世界で起こるさまざまな出来事は、生態学者的視点からはどう読み解けるのか。
たとえば、満員電車での通勤という行動は、高度成長期下では田舎で農業をするよりも経済的に安定するため生存に有利な合理的な選択だったが、世界を襲った新型コロナウイルスはこうした社会システムを根本的なところで揺さぶった。人間を中心とした現代社会という名の生態系は、安定しているかのように見えて不安定さを隠し持つ。環境を変化させる力を持った人間という生物の、これからの在り方を考えさせられる。
(ベレ出版 1600円+税)