対岸の火事ではいられない 民主主義を知り直す本特集
「民主主義のための社会保障」香取照幸著
つい3カ月前、ワシントンの連邦議会議事堂が暴徒によって蹂躙される映像に世界中が震撼した。民主主義世界のリーダーを自任してきたはずのアメリカの出来事が、決して対岸の火事ではないことに気づいたからだ。そこで、今週は民主主義についてもう一度知り直す、考え直すための参考書を紹介する。
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社会保障は、社会的弱者や低所得者など「特定の人たち」のための制度と思われがちだ。しかし、その最も大事な機能は、「防貧」(市民が貧困や生活困窮に陥ることを防ぐ)で社会の安定を図るとともに、「市民一人一人が思い切って自分の可能性に挑戦できるようにすること」だという。なぜなら、それが社会保障のもうひとつの重要な機能である「社会の持続的な発展に寄与する」ことにつながるからだ。
日本の社会保障制度は、1961年に皆保険・皆年金を達成し、その基本が形作られた。だが、社会の変容で格差が拡大するなど、機能不全に陥り始めている。ゆえに改革が必要で、社会保障の改革とは経済改革であるとともに社会改革であり、つまりは政治そのものだといえる。
日本再生、民主主義を守るため社会保障ができることを論じた警世の書。
(東洋経済新報社 1980円)
「デモクラシーの整理法」空井護著
デモクラシーという言葉は古代ギリシャの「デーモス」(=民衆・人々)と「クラトス」(=支配・力)という言葉を合成した「デーモクラティア」に由来。ゆえに語源を意識すれば、民主主義ではなく、「民衆(の/による)支配」と訳すのが妥当だという。
その民衆を構成する私たちは、デモクラシー型の政治の仕組みについてある程度の知識はあるものの、その知識がうまく整理できていないと著者は指摘する。本書は、デモクラシーとは何か、その考え方と使いこなし方を説いたテキスト。
そもそも政治とは何かに始まり、デモクラシーという政治の仕組みの実際、さらにデモクラシーには古典風と現代風の2つのタイプがあり、それをいかにして使い分けるかなど。政治の主役である一人一人がデモクラシーについて理解を深めるための講義集。
(岩波書店 924円)
「劣化する民主主義」宮家邦彦著
1月、アメリカ民主主義の聖域の連邦議会議事堂が過激な陰謀論を妄信するトランプ主義者によって襲撃された。著者は、「恐れ、怒り、憎しみ、攻撃性といった暗い感情から力を引き出す」彼らを「ダークサイド」と命名し「トランプ現象」そのものだと指摘する。今、欧州でも移民や難民流入に既得権の喪失を恐れるあまり、「ダークサイドの覚醒」と呼ぶべき大衆迎合主義的な民族主義が台頭している。
将来、トランプよりも若く、賢く、政治的に洗練されたナショナリスト・ポピュリストの白人政治家が出現し、ダークサイドを乱用しようとする可能性もあり、アメリカの内向き傾向と国内政治の劣化は今後も続くと著者は予測する。そんな中、日本と世界はどうすればいいのか。国際政治のトピックを取り上げ、分析するコラム集。
(PHP研究所 1023円)
「戦後民主主義」山本昭宏著
戦後民主主義という言葉は、使われ方に大きな揺らぎがあり、その言葉が何を意味するのか厳密に定まっていない。著者は、共通理解としての戦後民主主義とは、日本国憲法に基づいた主権在民による民主主義、戦争放棄による平和主義、法の下の平等を徹底しようとした思想だと定義する。
しかし、戦後民主主義は幅広い概念であるがゆえに、個別の論点を取り出して擁護したり、批判したりとさまざまに論じられ、1960年代以降は日本社会を理解するためのキーワードとなった。
本書は戦後民主主義という不定形の概念を「平和主義」「直接的民主主義」「平等主義」に分節化、その変容を追いながら戦後史総体を見つめ直したテキスト。学問の領域を横断し、文学や映画、人々の行動様式にも注目しながら、その実態と日本社会への影響を考察する。
(中央公論新社 1012円)
「コーヒーを味わうように民主主義をつくりこむ」秋山訓子著
民主主義はやっかいだ。だから、おいしいコーヒーを飲むために焙煎や入れ方にこだわるように、そのプロセス自体を楽しまなければ続かない――そんなふうに世界各地で政治と楽しく関わる人々を取材したリポート。
「全米一住みやすい街」オレゴン州ポートランドは、市民の政治活動が盛んな街でもある。日本の自治会や町内会に当たる「ネイバーフッドアソシエーション」に多くの住民が参加し、政策課題をテーマに議論を交わす。条例でも政策をつくる際に住民の声を取り入れることが定められている。ミーティング参加者やNPOの活動ぶりなどを取材。
他にも、市議選の投票率アップに取り組む日本の女子大生や社会問題の解決を目指す中国や韓国の起業家など。草の根民主主義の現場を歩き、当事者の生の声を伝える。
(現代書館 1870円)