篠田節子(作家)

公開日: 更新日:

3月×日 令和2年度芸術選奨マスコミ発表解禁日。某全国紙に芸能部門受賞者の名前はあるのに、文学部門は無い。前日発表のY川E治文学新人賞の方は写真入り狂騒状態だったというのに。

 で、大手マスコミがそっぽを向いてくれた芸術選奨文科大臣新人賞受賞作は、Y川文学賞や歴代A川賞を軽く蹴散らす傑作、李琴峰著「ポラリスが降り注ぐ夜」(筑摩書房 1760円)。性的マイノリティーが集まるバーを舞台に、そこに関わる人々の心情と人生を丹念に描き、なおかつ東アジアの現代史を背景に、政治運動、文化的多様性、差別問題などなどを果敢に取り上げていく。内向する文学と一線を画した文句なく面白い現代小説。

3月×日 東京帝国ホテルにて光文社ミステリ文学大賞の贈賞式。昨年はコロナ禍で中止、そのため今年は昨年と今年の2年分まとめて行われた……ならばさぞ盛大な、と思われるが、2千人が収容できる大会場は感染防止策のために招待者はたったの60名。本賞受賞の重鎮おじさんたちはさておき、ここでデビューする新人賞受賞者にとっては辛いスタートとなった。

 こちらの新人2人は芸術選奨の「新人」と違い昨日まではズブの素人。昨年の受賞作、城戸喜由著「暗黒残酷監獄」(1870円)は、のっけから高校生と人妻の情事ときた。「フランス文学かよ」とページをめくると殺人事件が起きて本格ミステリ学園小説になるわけだが、文章のトーンやリズム、通俗的共感を笑いのめす作家的悪意など、とんがりまくったセンスが良い。才能と文学的素養が感じられる怪作だ。

 一方、今年の受賞作、茜灯里著「馬疫」(1870円)は、感染症に罹患したサラブレッドが凶暴化する導入。それが業界に与える衝撃、経済的な打撃。さらに人獣共通感染症の危険性が……。獣医が謎解きしながら解決を図るが、官民組織・乗馬クラブ同士の利害と縄張り意識、学者間のライバル意識がからみ、事態が収拾できないまま新たな感染が発生。書きっぷりに素人臭さが残るが、テーマ、構成、展開など翻訳小説に負けないスケール。期待の新人だ。

【連載】週間読書日記

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    ロッテ佐々木朗希は母親と一緒に「米国に行かせろ」の一点張り…繰り広げられる泥沼交渉劇

  2. 2

    米挑戦表明の日本ハム上沢直之がやらかした「痛恨過ぎる悪手」…メジャースカウトが指摘

  3. 3

    陰で糸引く「黒幕」に佐々木朗希が壊される…育成段階でのメジャー挑戦が招く破滅的結末

  4. 4

    9000人をリストラする日産自動車を“買収”するのは三菱商事か、ホンダなのか?

  5. 5

    巨人「FA3人取り」の痛すぎる人的代償…小林誠司はプロテクト漏れ濃厚、秋広優人は当落線上か

  1. 6

    斎藤元彦氏がまさかの“出戻り”知事復帰…兵庫県職員は「さらなるモンスター化」に戦々恐々

  2. 7

    「結婚願望」語りは予防線?それとも…Snow Man目黒蓮ファンがざわつく「犬」と「1年後」

  3. 8

    石破首相「集合写真」欠席に続き会議でも非礼…スマホいじり、座ったまま他国首脳と挨拶…《相手もカチンとくるで》とSNS

  4. 9

    W杯本番で「背番号10」を着ける森保J戦士は誰?久保建英、堂安律、南野拓実らで競争激化必至

  5. 10

    家族も困惑…阪神ドラ1大山悠輔を襲った“金本血縁”騒動