澤田瞳子(作家)
2月×日 10年あまり通っている美容院が閉店し、隣県・大阪に移るという。理由は系列他店舗との合併らしいが、人見知りの私にとって、新しい美容院の開拓は非常にハードルが高い。いっそ大阪まで通うかと思うものの、それもこのコロナ禍ではままならないのが悩ましい。とにかく最後となるカットに出かけ、待ち時間の間にこの半月ほど持ち歩いていた呉兢編「貞観政要 全訳注」(石見清裕訳注 講談社 2310円+税)を読み終える。7世紀の唐の皇帝・太宗の言葉と彼と臣下との問答をまとめたもので、日本でも長く帝王学の書として読まれ続けてきた書物だ。一部のみを抜粋・紹介する入門版や漢文主体のハードカバー版はこれまでも刊行されていたが、ハンディな文庫本、しかも全訳に原文・解説付きというのは非常にありがたい。改めて読み返すと現在の政治の混乱にも共通するエピソードが散見され、読みながら思わずうんうんとうなずいてしまう。
2月×日 深夜、大学の同期たちと2ヵ月ぶりのオンライン飲み会を開催する。メンバーの大半は関西圏在住だが、1人、4年前から中国・広州に赴任中の友人が混じっている。本来ならそろそろ帰国が決まってもいい頃合いだが、なにせこのご時世でまったく予定が立たない上、長期休みの一時帰国すら難しいという。
国境を隔てての飲み会の私の肴は、荻野恭子著「改訂版 家庭で作れるトルコ料理」(河出書房新社 1600円+税)を頼りに作った豆のディップ。ロングセラーのトルコ料理本の改訂版だけに、どの料理も身近な食材だけで作れる手軽さがありがたい。同時収録されている著者のトルコ探訪記のあまりの興味深さに、画面の向こうの友人に、次回帰国する際、中国で売られている日本料理のレシピ本を買って来てほしいと頼む。日本の料理は、そしてこの国は外からどんな風に見えるのか、知りたいと思ったためだ。
「いいけど、中国語できたっけ?」と首をひねる彼に、「大学で2年間やっただけだけど、辞書はあるからまあどうにかなるでしょ」と答える。その日が今から楽しみだ。