乾ルカ(作家)
3月×日 今日もスマホに入れるゲームが見つからない。私の好みは「Myst」シリーズのようなアドベンチャーである。冒険心が満たされる世界観の中で、フェアな謎解きがしたい。
ゲームはさておき、柄刀一著「或るギリシア棺の謎」(光文社 2000円+税)を読む。この作品は、ギリシアにルーツを持つ財閥一族安堂家の屋敷が舞台である。長患いをしていた老嬢の死、追って発見された謎めいた脅迫文と遺書。一族に受け継がれてきた決め事や宗教。墓地まである広大な敷地。一族専用の棺を保管する「列棺の室」という場所には、なんと自然の鍾乳洞まである。まさに「Myst」をプレイしたときの、この扉の先には何があるのか、というわくわく感を味わう。ロジックのフェアさに信頼がおけるミステリーは、時間をかけて取り組むように読むのがいい。
それにしても自宅敷地内に墓地や鍾乳洞がある環境で生まれ育つというのはどんな感じなのだろう。札幌で生まれ育った私の原風景に海はないが、当たり前の日常に海があるところで成長していたとしたら、ものの考え方も今とは少し違ったのではないか。
3月×日 就寝前に読む本はフォビドゥン澁川著「スナックバス江8巻」(集英社 580円+税)。各話8ページで構成されるギャグ漫画だ。札幌市内の北24条界隈にある場末のスナックが舞台である。この作者は言葉のチョイスが独特でとても面白く、とりわけたまに炸裂するルビの表現がすこぶる秀逸だ。
舞台の北24条界隈は私が育った地域で、そういう意味でも思い入れがある。登場人物の中で特に気になるのは、森田という極めて冴えない男。なぜならこの森田、過去に実家暮らしの自室からスナックに走って駆けつける回があったのだ。ということは、森田と私の実家はおそらく同エリア、小中学校が同窓という可能性まである。森田も私と同じ景色を見ながら育ったのか。新刊の森田も安定の冴えなさで満足だった。