道尾秀介(作家)
3月×日 3月の1ヶ月間、毎週月曜日の夜にニッポン放送で「道尾秀介の1UP(わんなっぷ)ライフ」というラジオ番組をやらせてもらっている。ゲスト回では漫画家でアニメーション作家の藍にいなさんを招いて、いろいろお話しした。
にいなさんは、YOASOBIが歌っている「夜に駆ける」のミュージックビデオをつくったり、僕の「HIDE AND SECRET」という曲のビデオもつくってくれた人。米津玄師さんや是枝裕和監督ともコラボしたり、いまちょうど上野駅の中央改札あたりに春をモチーフにした巨大な垂れ幕が掛かっているが、その絵を描いたのも彼女だ。なんとまだ24歳。僕よりも20歳ほど下だが、どでかい仕事をどんどんこなしているし、話す言葉も知性と熱意にあふれているし、若い才能に驚かされるばかり。
ちょうどその収録と前後して読んだのが上田晋也さんの初エッセー集「経験 この10年くらいのこと」(ポプラ社 1400円+税)。上田さんはこれに取りかかるまで10年間くらい文章というものを書いていなかったらしいが、どうしてどうして、非常に上手い。読んでいるのではなく聴いているような気にさせてくれる。
こうした文章、喋りが上手だからといって書けるものではなく、じつは無茶苦茶に難しい。聴いているような気分にさせるとはいえ、やっぱり読んでいるので、もし同じ情報量だとしたらコスパが悪い。聴くより読むほうが、時間と労力をずっと必要とするからだ。つまり「読んでいるのではなく聴いているような気にさせるけれど、聴いているよりも得るものが多い」文章である必要がある。僕ら作家でもなかなかできるもんじゃない。しかも人生経験が豊富な人なので、そこで語られるエピソードの数々は面白いものばかり。上田晋也さんはたしか僕よりも5歳ほど年上だから、50歳。
下にも上にも圧倒させられている場合じゃない。負けちゃいられねえ、と心から思った3月だった。