「家は生態系」ロブ・ダン著 今西康子訳
人の住む家には20万種もの生き物が生息しているという。その4分の3はホコリ、人体、水、食品、および腸内で見つかった細菌で、およそ4分の1が真菌(カビ)、残りがゴキブリやカマドウマなどの節足動物、植物、その他。人が家の中を歩き回ると1日におよそ5000万個の皮膚の表層から死んだ細胞の断片(鱗屑=りんせつ)が剥がれ落ちる。空中を漂う鱗屑一つ一つに数千個の細菌がすみ、この鱗屑を餌としているのだ。また、風呂場のシャワーヘッド内には厚いバイオフィルム(微生物膜)が形成されていて、そこには何兆個にも及ぶ細菌がいる……。
そんな話は聞いたことがない? それもそのはず、家の中にいる生物種の研究はごく新しく、新型コロナウイルスの検査法として一躍有名になったPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)法によってホコリの中の細菌や給湯器にいる細菌の種族が特定できるようになり、初めてその実態が明らかになったのだ。応用生態学の研究者である著者はこの最新の手法を駆使して、家の中にはどんな生き物がいて、それがどのような変化を遂げつつあるかをさまざまなエピソードを交えながら解き明かす。
家の中は空気中ばかりでなく飲み水や食洗機などにも細菌がうようよしていると聞けばゾッとするが、そのほとんどは無害で有害なものはごく一部だ。どころか、同じカレリア人でも、戸外から雑菌を持ち込む生活をするロシアに住むカレリア人の子供はアレルギー症が少なく、土と触れる機会の少ないフィンランドではアレルギーの子供が多い。つまり、家屋内の生物多様性が高い方が健康がうまく維持されるのだ。
そもそも人間の居住空間を完全に無菌化するのは不可能で、清潔さの権化のような宇宙ステーション内でも細菌はいる。またゴキブリを排除する殺虫剤を開発すればするほど屋内の生物多様性が失われ、逆に殺虫剤の耐性を持つゴキブリの進化を促している。
現在、新型コロナウイルスによって過度の除菌が行われているが、変な反動が起きなければよいのだが。 <狸>
(白揚社 2970円)