「特撮の空」島倉二千六著
最近、テレビが白黒だった時代に放映されていた特撮ヒーロー番組がデジタルリマスターで蘇り、再放送され、中高年世代を喜ばせている。
本書は、怪獣映画や特撮ドラマの草創期から現在まで、セットの「背景画」の第一人者として特撮を支えてきた著者の作品を紹介するビジュアルブック。
雲が薄くたなびく春のような青空のもと、富士山の麓に広がる樹海に現れたゴジラ(「三大怪獣 地球最大の決戦」=1964年)、夕焼けに染まった空の下で怪獣に挟み撃ちに遭い苦戦するウルトラマン、「帰ってきたウルトラマン」=1971~72年)、前線に向かうところか、はたまた帰還するところか、ゼロ戦に埋め尽くされた空(「零戦燃ゆ」=1984年)など。
お気づきのように、氏が手掛ける背景の多くは空だ。そして、それは現実の空と同じように、実に表情が豊かだ。
登場する怪獣やセットがなく、背景となる空だけに目を凝らしてみると、何かが起こりそうな不穏な空気を醸し出す沸き立つような雲、のどかな青空でも、ひとたび怪獣が現れれば日常がはかなく崩れ、青天のへきれきとなり、夕焼けは別れの予感に物悲しさを感じさせ、星空はヒーローや怪獣たちのふるさとである宇宙の存在を強く意識させるなど。
背景が物語の一部をなしていることがよく分かる。
セットがどれほどリアルでも、背景にリアルさや奥行きが感じられなければすべてが台無しだ。
ページの合間には、青空・曇天・星空とそれぞれの背景の制作過程もドキュメント風に紹介。
青空の場合は、スタジオの3面を覆うように吊るされた巨大なホリゾントに、スプレーガンやハンドピースなど用途別のエアブラシを駆使して、その時々に色を調合し、使い分けながら雲を描いていく。4~5回の重ね塗りを終えると、写真と見間違うほどの雲が現れ、ホリゾントが見事な青空に変わってしまう。あらためてその職人技に驚く。
他にも、「宇宙大戦争」(1959年)など特撮の神様と呼ばれた円谷英二監督の作品をはじめ、「日本沈没」(1973年)の中野昭慶監督、川北紘一監督の「さよならジュピター」(1984年)など携わった作品を監督別に並べたり、ゴジラやウルトラマンなど作品別にその背景画を紹介するコーナーもある。
一方で、新潟県で9人きょうだいの末っ子に生まれたというその生い立ちから、絵の才能を見いだし、面倒を見てくれた中学時代の版画部の恩師のことや、映画のスチールマンをしていた兄の誘いがきっかけだったという映画の背景画の仕事との出合いなど。その人生とこれまでの仕事について本人が語るロングインタビューも収録する。
「モスラ」(1961年)の羽の模様のデザインは著者が円谷監督に指名され担当したなどの知られざるエピソードも満載だ。
僕らが、画面越しに見送った宇宙に帰るヒーローたちが飛び去る空は、氏が描いた空だったのだ。あのときの空に再会できる胸躍る作品集だ。
(ホビージャパン 3740円)