「写真家アルバート・ワトソン 名作を生み出す秘訣」アルバート・ワトソン著 トップスタジオ訳
本書は、著名人のポートレートをはじめ、広告やファッションなどジャンルを超えて活躍する世界的な写真家のアルバート・ワトソン(1942年~)が自らの作品を紹介しながらその写真術を明かす写真集。
著者の名に覚えはなくとも、その作品は誰もが目にしたことがあるはず。アップル社の創業者のスティーブ・ジョブズ氏の自伝にも用いられている彼を象徴するあのポートレートの撮影者だ。音楽ファンなら、ミック・ジャガーと猛獣のヒョウがあたかも一緒にドライブしているかのような作品に見覚えがある人もいるのではなかろうか。
美容師の母とプロボクサーの父を持つ氏はスコットランド・エディンバラに生まれた。17歳の時に知り合った女性と若くしてロンドンで結婚。工場で働きつつ夜学に通う氏は、進学した大学の芸術学部で写真と出合う。
大学卒業後、さらにグラフィックデザインを学ぶべく新たな学校に通い始めるが、そこで勧められるまま映画学科に転じる。
写真家になるまでの経緯を振り返りながら、「写真家になるまでに回り道をしたけれど、そこで多くのことを学んだように思う」と語る。
その後、わずかなツテを頼りに家族とアメリカに渡った氏は、最初に作品を持ち込んだ大手化粧品会社が高額で作品を買い取ってくれ、順調にキャリアをスタートする。
その2年後には、雑誌社から依頼を受け、初めて著名人を撮影することになった。その著名人がアルフレッド・ヒチコックだと知り、映画学科出身の氏は興奮する。
料理上手な監督がクリスマス用のガチョウのレシピを雑誌に掲載するので、その記事の写真の撮影の依頼だった。
編集部のプランは、監督がガチョウ料理の皿を持つというものだったが、それでは監督が給仕長に見えてしまうと考えた氏は、別のプランを提案。
そのアイデアが採用され撮影したヒチコックのポートレートがキャリアを一変させてくれたという。
化粧品会社、そしてヒチコックの撮影の時も、当時の氏にはクライアントが求めるような実績はなかった。それでも思い切って引き受けて「クライアントが期待する以上の成果を上げようと懸命に取り組んだ。創造の扉がわずかに開かれたとき、そこに足をねじ込んで無理にでも開けてしまえば、何か優れた作品を生み出せる可能性が生まれる」と氏は言う。
その他、雪の中で撮影したジャック・ニコルソンや、父親との会話をヒントにあえて後ろ姿を撮影したマイク・タイソン、巨大なコーヒーカップをスタジオに持ち込んで撮影したコーヒー会社依頼のヌードカレンダー用の写真など、その撮影の舞台裏を紹介しながら、ライティングやレンズの選択など自ら編み出したテクニックから、美しいが何の変哲もない風景を人の心に残る写真に撮るにはどうすればよいのかなどの撮影哲学まで、惜しげもなく公開。
写真家を志す人はもちろん、SNSの「映える」写真を撮りたいと思っている人にもおすすめ。
(玄光社 2530円)