「空の王」新野剛志著
新野剛志がこういう小説を書くとは思ってもいなかった。いやあ、うれしい。
昭和11年の満州を舞台にした長編である。主人公の鷲尾順之介はパイロット。とくれば、満州の空で戦闘機の空中戦が行われる小説なのか、と思うところだが、そうではない。なぜなら、鷲尾順之介が乗る航空機は、戦闘機ではないからだ。
彼が所属するのは、新聞社の航空部である。大正の終わりに大阪―東京間の郵便飛行を行う東西定期航空会を朝日新聞社が発足させたのが、新聞社の航空部の始まりで、当初は飛行披露会やビラをまいたりの宣伝利用だった。ところが満州事変の勃発以降は、大陸での戦況を写真入りで伝えようと各社は社機を飛ばして写真原稿の運搬にあたるようになる。つまり他社との競争だ。鷲尾順之介はそういう時代のパイロットなのである。
内蒙古からある「荷物」を運べと命令されるところから彼の冒険が始まっていく。それを邪魔する者たちも現れて、誰が敵やら味方やら皆目わからない手さぐりの冒険行だ。空の描写も迫力満点で、昔懐かしい冒険小説の香りが漂う好編といっていい。
新野剛志は、「八月のマルクス」で江戸川乱歩賞を受賞したのが1999年だから、ベテラン作家である。近年はテレビドラマにもなった「あぽやん」シリーズで話題にもなったが、その実力は折り紙付き。今回もたっぷりと読ませます。
(中央公論新社 2310円)