だまされるほどに楽しい 最新ミステリー本
「硝子の塔の殺人」知念実希人著
ミステリーを面白くするのは用意周到な「布石」である。すべての謎が解けたとき、あのとき、ひっかかっていたあのセリフは……と気がついて、爽やかな敗北感を味わう。そんな時間を楽しんでみてはいかが。
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重度のミステリーフリークでコレクターの神津島太郎は、難病ALSの画期的な新薬で財を築き、地上11階、地下1階の硝子の館を建てて執事とメイドの3人で住んでいた。
ある週末、探偵、ミステリー作家、ミステリー誌の編集者、霊能力者、刑事、料理人らを招いて、重大発表をすることになっていた。ところが、11階の鍵がかかった展望室で太郎が毒殺死体となって発見される。デスクの上の硝子館の模型にはチョコレートでYの文字が書かれていた。
続いてダイニングで悲鳴が上がり、執事が胸を刺されて死んだ。純白のテーブルクロスには「蝶ケ岳神隠し」の血文字が。それは13年前にスキーリゾートで起きた連続殺人事件のことだった。
神津島はその事件の跡地を安値で買い、この硝子の館を建てたのだ。医師の一条遊馬と探偵の碧月夜は謎を解明しようとするが……。
(実業之日本社 1980円)
「兇人邸の殺人」今村昌弘著
大学のミステリー愛好会会員の剣崎比留子と葉村譲は、倫理や道徳に制約されない研究の推進をしている班目機関に関心を持っている。
ある日、かつて班目機関に資金援助していた医療・製薬関連企業の成島社長から、ある人物が重要なものを秘匿しているので回収してほしいと頼まれた。成島らと向かったのは生ける廃虚と呼ばれている馬越ドリームシティ。滅びゆくテーマパークとして売り出したが、その園内の兇人邸に班目機関にいた研究者、不木玄助が暮らしていた。
不木に呼ばれたドリームシティの従業員が何人か兇人邸に行ったが、誰も帰ってこない。成島の秘書が雇った傭兵と一緒に突入すると、不木に出会った。成島は、不木が40年前に研究所で起きた事故のとき、連れ出した「被験者」を出せと叫んだ。
されこうべが転がる不気味な屋敷を舞台にしたミステリー。「屍人荘の殺人」シリーズ第3弾。
(東京創元社 1870円)
「零の晩夏」岩井俊二著
後輩から、美術館に展示されている絵が先輩に似ていると、八千草花音に写真が送られてきた。タイトルは「晩夏」で作者は「零」。作品は1枚きりで、作者をネットで検索したが何も出てこない。花音は高校時代に美術部の後輩の男子に油絵の描き方を教えたことを思い出した。
花音は広告代理店に勤めていたがパワハラに遭って退職。美術館で「晩夏」を見たのをきっかけに、知人の紹介で美術誌の編集者になる。
特集記事でナユタという画家を取り上げることになった。顔も履歴も公表していない謎の画家で、臨終間際の人や解剖中の人体などをモチーフにしたり、モデルになった人が3人事故死していることから「死に神伝説」がある。だが、花音が訪ねた先で出会ったナユタは意外な人物だった。
謎の画家をめぐる絵画ミステリー。
(文藝春秋 1980円)
「能面検事の奮迅」中山七里著
大阪地検のエース・不破俊太郎は無表情で、「能面検事」と呼ばれている。岸和田の国有地払い下げに関する近畿財務局職員の収賄疑惑を担当しているが、決裁文書が改ざんされていることが発見された。紙質の違う用紙が1枚あったため、差し替えられたことに不破が気づいたのだ。
翌日、その改ざんが担当検事の高峰によるものだと報道される。威圧感を漂わせて、最高検の調査チームが乗り込んできた。検察官付きの事務官、惣領美晴は調査チームの一人、岬恭平に今回の事件について「事務官としての意見もないのか」となじられ、パワハラだと言い返す。だが、美晴は不破とともに調査に乗り出すことに。
ある日、庁舎から出ると、大勢の報道陣に囲まれた。不破が調査チームに加わったことが、外部に漏れていることに美晴は驚いた。
空気を読まない検事が活躍する検察ミステリー。
(光文社 1760円)
「忌名(いな)の如き贄(にえ)るもの」三津田信三著
生名鳴地方の虫絰村には、子どもが7歳になったときに災厄除けの忌名をつける風習があり、その名は他人に教えてはいけないとされていた。尼耳李千子は、生名子という忌名をもっている。14歳の誕生日に忌名が書かれたお札を祝りの滝の滝壺に投げ込むと、「忌名の儀礼」が終わる。
「御札流し」に行った李千子は、「いなこ」と呼ぶ得体の知れぬものに追われ、必死で逃げ帰った。
その途中で3日前の集中豪雨が引き起こした土石流に襲われ、李千子は心不全に陥る。
意識は取り戻したが身動きできない李千子を見て、死んだと思い込んだ祖父は、今まで無視していた李千子の異母弟、市糸郎を跡取りにしようとするが、市糸郎は忌名の儀礼の最中に殺される。
名探偵、刀城言耶シリーズの最新作。
(講談社 2035円)