外食気分を味わう文庫飲食店おもしろ小説
「婚活食堂 5」山口恵以子著
終わりのないステイホームを強いられ、外食さえままならない日々が続く。気がつかない間に馴染みの店やお気に入りの店がひっそりと閉店していたりする。そんな鬱々とした気分を少しでも晴らすべく、今週は飲食店を舞台にした面白小説を集めたので、せめて読書で外食気分を味わってほしい。
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東京・四谷の商店街、しんみち通りにあるおでん屋「めぐみ食堂」はカウンター10席だけの小さな店。元占い師の恵が、高齢で引退した前女将から引き継いで13年が過ぎた。
6月のある日、開店早々、IT実業家の海斗が来店。味噌を添えた谷中生姜、グリーンピースと芝エビの中華炒めを肴に瓶ビールで喉を潤した海斗は、冷やしトマトのおでんとスズキのカルパッチョを注文。さらに次の土曜に2時間ほど貸し切りにしたいと言い出す。新事業のスタッフの激励会だという。
新事業はAIが仲人役を務める結婚支援事業だと聞いた恵は、当の海斗が生身の女性に愛情を感じず自ら開発したAIの仮想恋人と相思相愛の同棲生活を送っていることを知っている。恵は海斗に心境の変化が起きたのかと疑う。(「AI婚活とおでんのちくわぶ」)
絶品料理と女将の人柄に吸い寄せられためぐみ食堂の客たちが、それぞれの幸せを見つける人気シリーズ第5弾。
(PHP研究所 748円)
「紳士と淑女の出張食堂」安達瑶著
プレゼン中に恋人との秘密映像を公開してしまったヒロミは、クビになり、彼氏にもフラれてしまう。時はクリスマス。生活費も尽き、寒さと空腹に耐え切れなくなったヒロミは、小銭をかき集めデリバリーを注文。現れたのは安アパートには不釣り合いな正装した「紳士」だった。男は、テレビドラマで落ちぶれたレストランを立て直す主人公を演じていた「こうしろう」に似ている。彼の給仕で食べたビーフ・ブルギニョンは一流レストランの味だった。
聞くと、超高級ケータリングの店なのだが、このご時世で開店休業状態のため、こうして小銭を稼いでいるのだという。そのサービスに惚れ込んだヒロミは、思わず働かせてほしいと頼み込む。(「紳士と淑女のビーフ・ブルギニョン」)
やくざの会合や低予算の政治家パーティー、秘境集落の冠婚葬祭など、デリバリー先でヒロミらが騒動に巻き込まれるエンターテインメント。
(実業之日本社 792円)
「蕎麦、食べていけ!」江上剛著
大阪で育った高1の春海は、両親の離婚を機に、母の紀子の実家がある群馬県寿老神温泉で祖父母と暮らす。紀子は東京で仕事を見つけ一人暮らしを満喫中だ。祖父の誠治は、蕎麦打ちの名人と評判だが、今は気が向いた時にしか店を開かない。早朝、春海はジョギング中に立ち寄った吹割の滝で若い男に声をかけられる。男は春海の事情をなぜかよく知っていた。男は信用金庫に勤務する勇太で、誠治によると、勇太の実家とは紀子のせいで過去に因縁があるらしい。誠治が店を閉めたのもそのことと関わりがあるようだ。
そんな中、春海は、高校の担任・桜井から全国大会に出場する蕎麦打ちサークルの指導を誠治に頼みたいと相談される。一方の勇太は、地域活性化プランとして苦し紛れに出した「女子高生による蕎麦打ち」が理事長に採用され、慌ててプランを練り直す。
寂れた温泉街を舞台に描く町おこしエンターテインメント。
(光文社 836円)
「稲荷町グルメロード」行成薫著
大学3年の幸菜の祖父母が暮らすあおば市が、商店街の活性化を担うアドバイザーを募集。幸菜は高額報酬に目がくらみ、グルメで町おこしするプランで応募する。
第2次選考に残ったものの、プロらしき他の応募者との力の差は歴然。結果は予想通り不採用だったが、女性市長が発した言葉が気になる幸菜は改めて地元の「サンロードあおば・稲荷町商店街」に足を運ぶ。事前調査の通り、商店街は寂れていた。疲れて喫茶店「カルペ・ディエム」に入ると、時価と書かれたオリジナルブレンドをすすめられる。マスターが客の印象に合わせてブレンドするため値段が変わるらしい。注文したオリジナルブレンドを待っていると、審査会場にいた男が現れ、声をかけてきた。クリスと名乗るその男がアドバイザーに選ばれたらしい。
協力を求められた幸菜が、クリスと共に寂れた商店街に眠る名店グルメを発掘していく連作集。
(角川春樹事務所 748円)
「神楽坂つきみ茶屋 2」斎藤千輪著
東京・神楽坂の割烹「つきみ茶屋」の7代目・剣士は、資産家の桂子から身に覚えのない借金の返済を求められる。借金は、数カ月前に事故死した父親のものだった。父親の死後、この老舗料理店を引き継いだ剣士は、料理人の翔太と江戸料理専門店として2週間後に新装オープンする予定だった。翔太は、桂子に借金を猶予してもらうため、腕試しを申し出る。後日、桂子のために料理を作るので、味に納得したら返済を待ってくれというのだ。
その途端、翔太の態度がべらんめえ調に変化。売り言葉に買い言葉で桂子もその勝負に応じることになる。実は翔太には江戸時代の料理人・玄が憑依しており、翔太がいつの間にか寝て、玄が現れたのだ。一難去ってまた一難。訪ねてきたグルメブロガーのタッキーが、翔太に難題を突き付ける。(「江戸で最高ランクの豆腐百珍」)
トラウマで包丁が握れない剣士と翔太、玄の奇妙なトリオが美食家たちと料理対決する作品集。
(講談社 715円)