「町と祭―山形・金山―」井浦新著
俳優として活躍する一方、アパレルブランドのディレクターや日本の伝統文化をつなげ広げるなど、ジャンルを超えて活動する著者の写真紀行。
訪ねるのは秋田県との県境に近い山形県金山町。初めて地図でその地を確かめたとき、目に飛び込んできた山々に直感が走ったという。鳥海山と並び山岳信仰と天狗伝説で知られる神室山、3つの尾根がピラミッドを連想させる金山三峰、そして里に一番近い竜馬山。信仰の山々に魅せられ、多くの山里を訪ねてきた著者には、その山々の連なりに「太陽の道」ともいえる一直線が見えた。
山形は父親の出身地でもあった。金山町で長年、まちづくりに携わる2人の建築家から「町の原点となる風景・風俗を直視・直感して、未来に向けてつくりつつある具体的な金山の姿をとらえて欲しい」との依頼を受け、著者は同地に向かう。
最初に町を訪れる日は、夏祭りの初日と決めていた。
その日の早朝、白装束に身を包み竜馬山の山腹にある12の拝所を巡拝する神事「お山掛け」が行われることを知り、自ら参加するためだ。
切り立つ岩肌に張り付くように登り、7番目の拝所「八百万の神」の拝所を過ぎると、急に視野が開けた。頂から一望した町の上に広がる神秘の雲はまるで水の神獣「白竜」そのものであった。
その風景に「金山は竜に守られた水の神都」だと確信する。
お山掛けを終えて、大名行列や山車が出て賑わう町中を歩いてみると、確かに金山は水の都だった。町中を細かく「入り水」と呼ばれる水路が流れる。
かつて家に水を引き込んで生活用水として使われていた「入り水」は、上下水道が普及した今も火災への備えや除雪など、町の暮らしになくてはならない存在だという。
町がある一帯は、豪雪地帯で多いときには2メートルを超える積雪があるそうだ。
その雪解け水と豊かな土壌によって同地では藩政時代から杉の植林が行われてきた。大美輪地区には樹齢300年近くの金山杉の美林が残る。
その金山杉をふんだんに使った「金山住宅」をはじめ、役場庁舎や小学校、屋根付きの「きごころ橋」、町のコンベンション施設「蔵史館」、ランドマークにもなっている交流施設「マルコの蔵・広場」など、建築家たちが町の人々とともに手掛けた建築物を巡る。
どの建物も町の暮らしに溶け込み、古くからそこにあったように人々の暮らしに溶け込んでいる。
賑やかな祭りの日から一転して、雪に埋もれた町の風景も収録。人々は慣れた手つきで黙々と雪下ろしや雪かきに励み、家の中では、わら仕事に精を出す。
雪解けの春を待つ、この静かな時間にも水は凍ることなく水路を滔々と流れ続ける。そして夏になれば、またあの祭りの日がやってくる。この町に刻まれたその営みのリズムが全編から伝わってくる。有名な名所や旧跡があるわけでもないが、そのリズムを感じにこの町に行ってみたくなる。
(求龍堂 3850円)