「青森1950―1962」工藤正市写真集
かつて地方新聞社のカメラマンだった著者が若き日、通勤の折々に地元である青森の街を撮影したスナップ写真集。氏は、報道カメラマンの仕事の傍ら、写真雑誌のコンテストで入選を重ねていたが、仕事との両立が難しくなり、ある時期から投稿をやめてしまった。
その後、長らく作品の存在は忘れられていたが、2014年に氏が亡くなった後、遺族が大量のネガを見つけ、SNSに投稿したところ、世界中から反響があったという。
写真の多くが撮られた1950年代前半といえば、敗戦から10年も経っておらず、青森市も復興の最中で著しく姿を変えようとしていた。北は海、残りの三方を東北、奥羽両本線に囲まれた町は、青森駅の南側に架けられた「古川跨線橋」を出入り口にして外に拡張、発展する。
本書は、その旧市街と新市街を結ぶ跨線橋一帯の写真から始まる。冬、跨線橋から旧市街を見下ろすと、降りしきる雪の中を人々は傘も差さずに行き交っている。跨線橋へと上がる階段は、踏み固められた雪で段差がなくなり急坂と化し、人々は手すりを頼りに、恐る恐る上り下りをしている。
露店が軒を連ねるリンゴ市場では、手織りの絣を着込んだ女性たちが作業にいそしんでいる。
広い大通りに車の姿はちらほらとしか見えず、蓑や編みがさで雪をしのぎながら男たちが馬車や荷車をひく。一方の女性たちは、大きなショールですっぽりと体を包み込んでいる。
雪の中でも、子供たちは元気だ。雪国とは思えぬ薄着で遊びまわり、じゃれついた犬に服を引っ張られた幼馴染みを見て、笑っている。
多くの写真に子供たちが写っている。保育園や幼稚園などが充実していない時代、荷車に乗せられ親の仕事に同行したり、子供たち同士で遊んだり、さらに弟や妹を背負って子守をしながら遊ぶ子供たちの姿もある。
また、醤油と思われる一升瓶などが入った樽を縄で背負った買い物帰りの少年など、家の手伝いをしている子供たちもいる。
路地では夫婦でバドミントンに興じたり、井戸端会議を繰り広げたりと、70年前の日常の活気ある喧噪や話し声までが写真から伝わってくるようだ。
後半では、孫を膝にのせてムシロを編む女性や稲刈りの風景、そして水揚げされた魚を冷蔵庫に入れる男性たちや漁民など、青森市を出て、県下の山や海辺の寒村で暮らす人々の姿をとらえた写真を収録。
晴れ姿の幼い娘を抱く職人風の父親や、ねぶたのために祭り装束で決めた少年など、ハレの日の写真もわずかながらあるが、収録された366点の作品のほとんどは名もなき庶民たちの日常の暮らしだ。
ほんの70年前には、どこにでもあった日本の風景なのだろうが、隔世の感がする。本書を手に取る人の世代の違いによって、異なる感慨が生まれることだろう。
(みすず書房 3960円)