「底惚れ」青山文平著
帯に「江戸ハードボイルド長編」とある小説だ。どういうことか。
「もう、こんなときは来ねえ。二度と来ねえ。手嶋の望んだとおりになっちまうが、ここでてめえを始末できりゃあ望外だ」
こういう主人公の語りが、最初から最後まで続いていくのだ。一人称一視点というハードボイルドの定型を律義に守る小説なのである。江戸を舞台にしていても、スタイルはハードボイルドだ、ということだろう。
主人公の男は、一季奉公を重ねて40歳すぎ。将来のない男だ。1年限りの武家屋敷勤めがもうすぐ終わる。これからどうなるんだろと考えているときに、お手つき女中の宿下がりの同行を求められる。相模の国の里に戻る女のお供だ。密かに思いを寄せていた女中芳との2人旅だが、ひょんなことから芳に刺される。男は命を取り留めるが、芳は里にも帰らず行方不明。物語の後半は、男が芳を捜す話となる。人を殺したと思ったままでいるのは可哀想だ。生きている姿を芳に見せたい。男はその一心で捜し続ける。
その方法が、そこまでやるかというくらい実に意外で、これが面白い。途中から登場する路地番の銀次と、芳の同輩の信。この2人のキャラも抜群によく、物語に俄然活気があふれ出す。ラストの素敵な着地まで一気読みの傑作だ。底惚れしたのは誰なのか、誰に対して惚れたのか。それは読んでのお楽しみにしておきたい。青山文平の異色作だ。 (徳間書店 1760円)