「14歳からの個人主義」丸山俊一氏
「個人主義」と聞くと、自分の都合しか考えない身勝手と感じるかもしれない。しかし本書が示す個人主義は、もちろんそんなものではない。変化が激しく、さまざまな問題が複雑化する現代社会で、これまで以上に“自分の在り方”をしっかりと見つめ直すことの重要性を説いている。
「自分とは何者かを考え始める思春期世代はもちろん、14歳“からの”というタイトルですから50代でも60代でも、年代を問わず手に取っていただきたい。なぜなら、情報があふれるネット社会で本質が見失われがちな現代では、“自分を持つ”ということが誰にとっても避けては通れない課題であるためです」
本書では、自分を見失わないための「個人主義」について、14歳でも読みやすい、やさしい言葉で解説している。一方で、荘子やモンテーニュらの思想家、社会心理学者のフロム、そして夏目漱石らの著書からもそのヒントを探っており、大人にとっても読みごたえは抜群。偉人たちと対話するかのように、現代社会に個として向き合う重要性が示されていく。
「漱石の著作の中に『私の個人主義』という講演録があります。当時の大学生に向けて個人主義の大切さを説いたものであり、個性の発展や人生の幸福のためには個人主義が欠かせないと訴えています。それから100年以上が経っていますが、人間の悩みは変わっておらず、時代を超えて学べるものがあることが分かります」
■同調圧力に流され続けると自信を失う
本書では、イギリスで英文学を学んだ漱石が、これを無条件にありがたがり受容する姿勢を拒否し、自分自身の文学の道を切り開くまでの葛藤もひもとき、そこから現代に通じるヒントを提示している。
「コロナ禍は、“自分を持ちにくい社会”に拍車を掛けている気がします。“みんな”が一様に頑張る集団主義は日本人の得意とするところですが、これが“同調圧力”として浸透すると個が軽視されやすくなる。みんながステイホームしているから自分も外出しない、みんなが飲みに出ているから自分も行っちゃおうというように、科学的に考えて自立する社会からは遠ざかってしまいます」
心の中では思っていないのに、周囲の流れに迎合してしまう人真似を繰り返すことは、自分に対する自信を失うことにもつながると警鐘を鳴らす本書。大げさと思うかもしれないが、長いものに巻かれて自分をごまかしていると、少しずつむなしさが蓄積され、自分が嫌いになり、自分を信じられなくなっていく。
「大人になれば長いものに巻かれざるを得ないときもある、という読者もいるかもしれません。しかし、自分なりの美学や社会とのバランスの取り方があるからこそ、ベテランビジネスマンにもなれたのではないでしょうか。ささやかなことでもいいので、個として大切にしているもの、譲れないことを意識してみるだけでも、改めて自分を持つことにつながるはずです」
「孤独に耐えられず、集団との同一化へと走り安心しようとすることは悪である」(フロム)や、「精神をもっとにぶく、なまくらにする必要がある」(モンテーニュ)など、多くのメッセージが詰まった本書。どの言葉が響くかは、世代により、個人により違っていいと著者は言う。
「親子で読んで、個々の受け止め方の違いを楽しむのもいいですね。良い悪いの二元論ではなく、主張はせずとも健全な自分の在り方を持ち、他者のそれも認める。そういう社会になれば、誰にとっても生きやすくなるはずです」
(大和書房 1650円)
▽まるやま・しゅんいち 1962年、長野県生まれ。慶応義塾大学経済学部卒業後、NHK入局。NHKエンタープライズ エグゼクティブ・プロデューサー、東京芸術大学客員教授、早稲田大学非常勤講師。「英語でしゃべらナイト」ほか数多くの番組を企画、制作。「14歳からの資本主義」「すべての仕事は『肯定』から始まる」など著書多数。