「インテリジェンス用語辞典」川上高司監修/並木書房
陸上自衛隊の情報部隊勤務経験者(樋口敬祐氏、上田篤盛氏)と研究者(志田淳二郎・公立名桜大学准教授)が執筆した実務と学術の双方に役立つ、優れたインテリジェンス(情報、諜報)用語事典だ。
インテリジェンス専門家が分析を間違える原因となる集団思考については、こう説明する。
<人間として、民族として、組織として保有している特定の思考方式。一般的に情報関係者もその国の民族であり、当然似たような思考方式を有している。そのため共通の立場にある思考方式から導き出された結論は、同じ民族や同じような組織の人々には受け入れられやすい。/2003年有志連合がイラク攻撃の最大の理由とした「イラクがWMD(大量破壊兵器)を開発し保有している」との分析をした原因の1つとして、英米の分析担当者たちが過去のイラクのWMDへの対応から「あるに違いない」とする集団思考に陥ったと指摘されている>
2021年にアフガニスタンから米軍が撤退してもタリバンが権力を奪取することはないという米インテリジェンス機関の分析ミスも、アフガン人も米国人と同じように行動するという集団思考によってもたらされた。
本書は現下のウクライナ危機を分析する際にも役立つ。今回、ロシアがウクライナに侵攻するにあたっては謀略的手法を多々用いた。もっとも、現在では謀略という言葉はあまり用いられず、心理戦、情報戦と表現される。それに対抗して米国はロシアの謀略を暴くという手法をとったが、ロシアの行動を止めることはできなかった。本書では、旧日本軍の謀略については、こう定義する。
<間接あるいは直接に敵の戦争指導および作戦行動の遂行を妨害する目的を持って、公然の戦闘員でない者、戦闘団隊に所属しない者を使用して行う破壊行為、もしくは政治、思想、経済などに対する陰謀ならびにこれらの指導、教唆に関する行為>
ロシアのプーチン大統領の謀略に対してバイデン米大統領は有効な対策を取ることができなかった。
今後、プーチン氏に倣って中国、イランなども謀略を一層重視するようになると思う。
(2022年2月25日脱稿)(選者・佐藤優)