「清少納言がみていた宇宙と、わたしたちのみている宇宙は同じなのか?」池内了著
清少納言が生きていたのはおよそ1000年前。オリオン座のβ星リゲルまでの距離が850光年だから、清少納言の少し後にリゲルから放たれた光を、今我々が見ていることになる。「枕草子」に「星は すばる。ひこぼし。ゆふづつ。よばひ星……」という「星づくし」がある。きっと彼女は夜な夜な星を眺めていたにちがいないと思ってしまうが、著者によれば、この星づくしは当時の辞書「和名抄」からの引用で、実際に星を見てのことではないらしい。清少納言はあくまでも「文系」の人だったようだ。
本書は、自らの専門である「理系知」と「文系知」を融合した新しい博物学の試みである。第1章「すばる」は、西洋でプレアデス星団と呼ばれる星の集団が、なぜ日本では「すばる」と名付けられたのかという語源に始まり、「日本書紀」に「昴」の名が出ているにもかかわらず、なぜか長い間、万葉・古今などの歌には詠まれずに、ようやく江戸後期になって「すばる」の名が歌に出てきたという逸話などが紹介される。
第2章「レンズ」は、老眼鏡の発明から望遠鏡の発明へと話が続き、ガリレイとケプラーの望遠鏡の違い、さらには推理小説に登場する凸レンズの話へ及ぶ。第4章「あわ」は、鴨長明の「方丈記」の「うたかた」からオランダや江戸時代で起きたチューリップやあさがおの園芸バブルの話へ、そして著者が提唱した「泡宇宙論」へと連なっていく。
ほかに、「なんてん」「じしゃく」「ぶらんこ」「しんじゅ」「かつお」「ふぐ」「ほたる」「たけ」「あさがお」「ひがんばな」といった項目が取り上げられ、歴史上の興味深い多くのエピソードとともに論じられる。まさに博覧強記を発揮した森羅万象の博物誌である。学問の細分化が加速している現在、こうした博物学的なアプローチは、学問の風通しを良くすると同時に、新しい知への道も開かれるだろう。 <狸>
(青土社 1980円)