「魚にも自分がわかる」幸田正典著
動物界の知性・社会性の階梯(かいてい)は霊長類、その他の哺乳類、鳥類、爬虫(はちゅう)類・両生類、魚類の順に劣っていくとされていた。しかし近年、鳥類は道具作り、推論、過去を記憶して未来について考えるなどその知性の高さが数多く報告され、ヒトを頂点とする価値体系が覆されつつある。
本書は、鳥類よりさらに下位に属する魚類の驚くべき高い認知能力を立証している。
著者はアフリカのタンガニーカ湖やサンゴ礁の魚の行動、生態、認知などの研究に従事。最初に紹介するのは、タンガニーカ湖にすむ共同繁殖を行うプルチャーが顔で個体識別をしているかどうかの実験だ。プルチャーは縄張りを持ちながら暮らすが、お隣さんとは顔見知り関係になり、互いの境界を保ちながらあまり攻撃しない。この性格を利用して、著者らは水槽のガラス越しにお隣さんの画像を流し、特徴ある模様の顔の部分だけを入れ替えるとどう反応するかを実験した。
結果は、お隣さんの顔には攻撃せず、見知らぬ第三者には激しく攻撃を仕掛けた。つまりプルチャーは相手の顔の模様の違いをきちんと判別していたのだ。
次に、サンゴ礁の掃除共生魚のホンソメワケベラを使い、鏡に映った魚が自分であることを認知できるかを実験。試行錯誤の末、ホンソメには鏡像自己認知の能力があることが判明。
これまでチンパンジーやイルカ、ゾウなどごく一部の動物にしか見いだせなかった能力が魚にもあるとの発見は世界中を驚かせた。
一方で保守的な学者側からは激しい反論も招く。それら批判を踏まえて、さらにホンソメが内面的自己意識=心を持っているかの実験に進んでいく。
従来の常識を覆す科学的な実証となればその手続きには慎重を要する。ホンソメの場合は、自分では見えない部分にホンソメが嫌う寄生虫に似せた茶色のマークを付ける、など独創的な実験法が取られている。動物に「心」はあるかという難問に挑戦する著者らの大胆な発想と用意周到な実験によって、今後さらなる画期的な発見が現れることを期待したい。 <狸>
(筑摩書房 990円)