七尾与史(作家)

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4月×日 父の命日が来月にくる。私の父親の実家は静岡県浜松市天竜区にある二俣というところなのだが、僕も休日になるとよく遊びに行った。父の兄、つまり伯父にあたる人が以前、このあたりで一家殺人事件が起きたと話していた。子供心に怖いなあと思っていたのだが、大人になってからそれが「二俣事件」だと知る。そして最近、浜松駅ビルにある書店で安東能明氏の小説「蚕の王」(中央公論新社 2090円)を目にする。帯の解説には「二俣事件」の文字。事件の詳細までは知らなかったので、さっそく購入して読み始めた。

 事件が起きたのは1950年1月6日。当時の静岡県磐田郡二俣町で一家4人が殺害された。逮捕起訴された少年は地裁・高裁ともに死刑判決を受ける。しかし最高裁が審理を差し戻して、その後無罪が確定したのである。凄惨な事件内容もすごいが、その後の裁判の逆転劇も衝撃的である。要は冤罪だ。

 当時、静岡県では似たような冤罪事件が多発している。幸浦事件、小島事件、島田事件。これらはすべて無期懲役や死刑判決が覆った事件である。そして共通しているのが紅林麻雄という刑事だ。あらゆる手段で被疑者を拷問、自白を強要して犯罪者に仕立て上げる。焼きごてを顔に押しつけられたらやってなくても「やりました」と答える他ない。紅林の異名は拷問王。

 そんな怪物を糾弾した紅林の部下である担当刑事、弁護士たちの物語だ。小説の中で実名は使われていないが、書かれていることは概ね事実である。特に刑事は紅林を告発することで偽証罪で逮捕され、妄想性痴呆症の診断をこじつけられ、挙げ句の果てに辞職に追いやられた。さらに運転免許証を剥奪されて生活もままならなくなる。それでも刑事生命を賭した彼の勇気は巨悪を打ち負かし、少年の命を救った。さらに本書がすごいのは謎のままとなっている真犯人に迫っているところだ。後に紅林の薫陶を受けた刑事たちが有名な袴田事件を手がけることになる。こうして負の歴史はくり返すのか。

【連載】週間読書日記

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