中野純(闇案内人)
9月×日 夏は闇歩きガイドの繁忙期で、いろんな人を夜の山へ案内したが、秋雨前線がやってきて一段落。桔梗色のカバーが印象的な谷口義明・渡部潤一・畑英利著「天文学者とめぐる宮沢賢治の宇宙 イーハトーブから見上げた夜空」(丸善出版 2640円)をじっくり読んだ。
賢治の作品に出てくる「水素のりんご」「天気輪の柱」「がらんとした桔梗いろの空」などの不可解な言葉に注目し、その謎を科学者らしく丁寧に解き明かすが、急に強引になるところもあって楽しい。そこに浮かび上がってくるのは、賢治の見ていたほんとうに暗い星月夜で、それを体感してこそ「銀河鉄道の夜」をちゃんと味わえるのだと身に染みる。
カシオペヤ座の話もおもしろい。W形の5つの星と思い込んでいたこの星の連なりを、賢治は三角形の「三目星」と考えたようだ。既存の星座で満足せずに、自分なりの星座をもっと作っていかねばと、夜空に向かって反省した。
9月×日 去年から美大で、写し絵と呼ばれる伝統芸能を教えている。木製のポータブルな幻灯機を使い、映写したキャラを人の手によって動かす。いわば人力アニメだ。初めは菜種油に灯芯を浸して火を点し、闇の中に映像を浮かび上がらせていたという。その闇の授業の成果を発表する公演が終わって一息ついたので、マリー・ドルレアン著「夜をあるく」(よしいかずみ訳 BL出版 1760円)を開いてみた。息子と娘を真夜中に起こして、親子4人で町から山へ完全徒歩のミッドナイトハイクをする絵本だ。
最近、子どもや若者に闇を教える大切さを痛感している。闇を知らずに、闇で五感を養わずに育つと、広い宇宙やたくさんの生き物の営みを無視して、人間だけの傲慢な世界を築いていく。なにより大切なのは闇に包まれる心地よさ、楽しさを知ることだ。この絵本からは、暗い夜の心地よさがよく伝わってくる。突然の満月登場などツッコミどころはあるが、最後の日の出の表現も、実際まさにそういう感じで素晴らしい。