「『アマゾンおケイ』の肖像」小川和久著

公開日: 更新日:

 こんな凄い女性がいたのかと、ただただ感嘆するしかない。

 20世紀初頭、叔父夫婦とともに13歳でブラジルに移民。2年間の重労働に耐えた後、護身用のピストルを荷物に忍ばせて、開拓村を脱走する。人生は一度しかない、自由に羽ばたきたい、という強い思いに突き動かされていた。

 熊本県八代生まれでブラジル育ち。「アマゾンおケイ」こと小川フサノは、たったひとりで広い世界に歩み出した。サンパウロから日本へ、そして上海へ。ポルトガル語、英語、タイプライター、ダンス。生き抜くために必要なことを懸命に学び、自立できる力を蓄えていった。

 上海で英文速記を学びながらダンスホールで働いていたフサノは、アメリカの若き外交官と運命の恋に落ちる。しかし、身分と人種の壁は高かった。彼は外交官の職を捨てる覚悟でフサノに求婚したが、フサノは身を切る思いで別れを告げた。

 そんなフサノに運命の女神がほほ笑んだ。なんと、上海の慈善宝くじで巨額当せん。それを元手に貸家業、アパート経営を始め、女性実業家として大成功する。外交官仕込みの英語を話し、凜とした淑女の振る舞いが板についたフサノはメディアにも注目され、鎌倉に構えた豪奢な別荘には、そうそうたる人物が出入りした。

 しかし、太平洋戦争は、フサノが築いてきたものを全て奪ってしまう。戦後のフサノは、敗戦の半年前、42歳で産んだ1人息子をシングルマザーとして育てるために生きた。

 その息子、軍事アナリストで作家の小川和久氏が、母の生涯を描いたドラマチックな評伝。歴史の表舞台からこぼれ落ちたいくつもの事実を、途方もない労力をかけて掘り起こし、生前の母が残した言葉を丹念に裏づけた。スケールの大きなドラマを生きた無名の主人公は、息子の筆によって輝き、歴史に刻まれる存在になった。

(集英社インターナショナル 2310円)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    ロッテ佐々木朗希は母親と一緒に「米国に行かせろ」の一点張り…繰り広げられる泥沼交渉劇

  2. 2

    米挑戦表明の日本ハム上沢直之がやらかした「痛恨過ぎる悪手」…メジャースカウトが指摘

  3. 3

    陰で糸引く「黒幕」に佐々木朗希が壊される…育成段階でのメジャー挑戦が招く破滅的結末

  4. 4

    9000人をリストラする日産自動車を“買収”するのは三菱商事か、ホンダなのか?

  5. 5

    巨人「FA3人取り」の痛すぎる人的代償…小林誠司はプロテクト漏れ濃厚、秋広優人は当落線上か

  1. 6

    斎藤元彦氏がまさかの“出戻り”知事復帰…兵庫県職員は「さらなるモンスター化」に戦々恐々

  2. 7

    「結婚願望」語りは予防線?それとも…Snow Man目黒蓮ファンがざわつく「犬」と「1年後」

  3. 8

    石破首相「集合写真」欠席に続き会議でも非礼…スマホいじり、座ったまま他国首脳と挨拶…《相手もカチンとくるで》とSNS

  4. 9

    W杯本番で「背番号10」を着ける森保J戦士は誰?久保建英、堂安律、南野拓実らで競争激化必至

  5. 10

    家族も困惑…阪神ドラ1大山悠輔を襲った“金本血縁”騒動