「刑事のまなざし」薬丸岳著
法務技官とは、少年鑑別所や少年院などで、心理学の専門的な知識・技術などを生かし、非行や犯罪の原因を分析し、少年たちの立ち直りに向けた指針を提示する職務の国家公務員だ。本書の主人公は、この法務技官から刑事に転職というユニークな経歴を持つ。なぜ彼は刑事になったのか。それも本書の大きな鍵になっている。
【あらすじ】小出伸一は15歳のときに叔父を殺害した容疑で逮捕され、少年鑑別所に入った。出所後は姉の奈緒子とその娘で小学校4年生の春奈の3人で暮らしている。真面目に働こうとするのだが、どの職場も過去の黒い履歴のせいで長続きしない。
何度目かの職探しをしているときに、アパートに刑事が聞き込みにやってきた。近所に住むアパートの大家で春奈の同級生の舞ちゃんの父親が殺されたというのだ。2人の刑事のうち後ろにいた刑事を見て伸一は驚く。鑑別所で伸一の担当法務技官だった夏目信人ではないか。捜査本部では伸一の容疑が強くなったが、夏目には別の考えがあるようだった……。
この「黒い履歴」を頭に全7編の連作だ。夏目は10年前にある事件に遭遇、それをきっかけに法務技官を辞め、30歳で警察官の採用試験を受け、現在は東池袋署の刑事になっている。
連作が進んで行くにつれ夏目が刑事になった理由が徐々に明らかになり、最後の「刑事のまなざし」では、10年前の事件の真相が明らかになるという構成になっている。
【読みどころ】表題の通り、いずれの事件においても夏目の関係者に対する柔らかくて温かなまなざしが、相手の心を解きほぐし、隠されていた秘密が明らかになっていく。元法務技官という特性を生かした新しい刑事の誕生である。 〈石〉
(講談社文庫 836円)