「幻夏」太田愛著
年末に最終回を迎えた長澤まさみ主演のテレビドラマ「エルピス」は、権力の乱用とマスコミの腐敗にメスを入れたハードな内容だった。その中核を成すのがある冤罪事件だ。冤罪の多くは警察による自白強要によるが、本書には「叩き割り」という、被疑者を精神的に追い込み自白を引き出す捜査手法が登場する。また誤認逮捕された者が捜査に当たった警察官や検事を恨まないことを誓約した「恨みません調書」も出てくるが、いずれも創作ではなく事実が基になっているという。
【あらすじ】相馬亮介は深大署の刑事課に所属していたが、ある事件がもとで交通課に左遷になった。そこへ12歳の少女の誘拐事件が起こる。応援に駆り出され、誘拐現場の捜査に当たっていると思いがけないものを目にする。
少女がもたれていたと思われる木の幹に「//=-」という印が刻まれていたのだ。その印は23年前の夏に失踪した同級生水沢尚が最後に目撃された川辺の流木に刻まれたのと同じものだった。
同じ頃、相馬の大学時代の友人で興信所をやっている鑓水は、尚の母親から尚の行方を捜してほしいという依頼を受けていた。尚の父親は殺人罪に問われ服役した後、冤罪が発覚。出所後、尚が失踪する少し前に階段から転落して死亡していたのだ。
しかも、誘拐された少女は尚の父親の冤罪事件の検察官の孫で、警察が確定した被疑者は同事件の裁判官の孫だった。あの23年前の夏に一体何が起こったのか? そして今、何が起こっているのか?
【読みどころ】過去と現在を往還しつつ幾重もの謎が折り重なっていく。司法制度の欠陥と権力の乱用を暴きながら冤罪が生む悲劇を痛切に描き切った日本推理作家協会賞候補作。 〈石〉
(KADOKAWA 880円)