「昭和史の人間学」半藤一利著/文春新書
傑出した編集者・作家であった半藤一利氏のさまざまな論考から人物評に関する箇所を抜粋して再編したユニークな作品だ。半藤氏の人物評は白黒がはっきりついてわかりやすい。
肯定的に評価されている一人が連合艦隊司令長官だった山本五十六だ。
<ある意味で、山本は二十世紀を最初に実感した数少ない日本人だった、とも言えるでしょう。アメリカ留学時代、山本は、一年間、アメリカ中を回り、「デトロイトの自動車工場とテキサスの油田を見れば、戦争をしてはいかんということが分かる」と語っている。つまり、大量生産システム、航空機、そして石油が世界を動かすことになる、と身をもって知ったのです。しかし、海軍中央はいまだに日露戦争の頭のまま。こいつらに話しても無駄だ、という思いが強かったのでは>
山本が諦めずに周囲の頭の固い連中にもアメリカの強さについて説得し続けていれば日本の歴史も変わったかもしれない。諦めが早いのは山本の短所だと思う。
半藤氏の嫌悪感が露骨に表れているのがノモンハン事変、ガダルカナル戦など無謀な作戦の参謀をつとめ、戦後、衆議院議員、参議院議員になったが、1961年にラオスで失踪した辻政信だ。
<私が辻政信に会ったのは彼が衆議院議員のときなんです。一回目に会ったときは、「まだ俺の身体には四カ国の弾が入っている」と言うんです。中国、ソ連、米国それから豪州とか、言っていました。私はまだ若かったから、はあ、四カ国ですか、と聞いていた。半年くらい経ってから二回目に会うと、今度は「七カ国の弾が入っている」。インド、英国など三カ国増えていた。さすがに恐れ入って、「エー!」と驚いたら、「嘘だと思ってるんだろう。お前の顔にそう書いてある」と言って、服を脱ぐんですよ。上半身裸になったら、実際に弾痕があることはある。一応、これがソ連だ、これが豪州だ、これがビルマでこれがイギリスだ、と示すのですが、それを聞きながら、なるほど、これは大嘘つきだと思いました>
外務省時代を思い返しても辻のような大嘘つきタイプの大使が何人かいた。はったりも実力の一部なのだ。★★★(選者・佐藤優)
(2023年3月2日脱稿)