「メタモルフォーゼの哲学」エマヌエーレ・コッチャ著 松葉類、宇佐美達朗訳
夢野久作の「ドグラ・マグラ」の中に「胎児の夢」という挿話が出てくる。ヒトの胎児は、母親の子宮内にいる間に、単細胞から多細胞、魚類から爬虫類、そしてサルからヒトへという変化を遂げているのだと。これはヘッケルの「個体発生は系統発生を繰り返す」という反復説を踏まえたものといわれている。
本書の著者は言う。
「わたしたちはみな同じ1つの生きものであった。……人間もまた先立つ生の延長でありメタモルフォーゼである」
つまり、イモムシとチョウがいくら形態的に異なっていても同じ生きものであるように、我々人間の体にも先立つあらゆる種の特徴が組み込まれているメタモルフォーゼ(変身・変態)であり、その意味では、我々は部分的にしか人間ではない。
本書は「メタモルフォーゼ」をキーワードにして、新たなエコロジーへ導いていく。著者のいう「生の連続性」は動植物の生物全体を飛び越えて、無生物との連続性へと及ぶ。そこには生物と無生物との間にはいかなる対立もなく、ともにガイア=地球に住まい、絶えずおのれの組成を変化し続ける土壌ということになる。となると、我々が「自然環境」と呼ぶものは、決して「自然なもの」ではないことになる。我々が住まう空間は絶えずデザインされ、変化し続けているのだ。
生態系という概念もまた、あたかも人間の介入を退けた箱庭のようなものに思われているが、実はどの生態系も雑多なものが入り交じり、絶えず変化し続けている。生態がひとつしか存在しないようなところは世界には存在しない。むしろ都市こそが生物多様性を実現している自然ではないか、と。そこは革新と進歩が集結する空間であり、すべての種が自由にそれを利用することのできるような空間なのだ。
当たり前のように語られている「自然」という言葉の意味を根源的に問い直す、刺激的なエコロジーの提唱である。 <狸>
(勁草書房 3300円)