「マイナ保険証の罠」荻原博子氏
「マイナ保険証の罠」荻原博子氏
来年秋、日本で半世紀以上も使われてきた健康保険証が廃止される。取って代わるのが、トラブル続きのマイナンバーカードに一本化される、いわゆる「マイナ保険証」だ。住民票の写しなどの交付で別人の証明書が発行されるなど、すでにさまざまな問題が報告されているが、本当の混乱が始まるのはマイナ保険証が本格始動するこれからだと著者は警告する。
「政府はマイナ保険証のメリットを強調してきましたが、実は嘘だらけ。例えば、顔認証によるスムーズな受け付けも、髪形の違いやメガネの有無で認証されないケースも報告されています。さらに、別人の顔でも認証されるというとんでもないことも起きており、不具合を避けるため“顔認証お断り”のクリニックもあるほどです」
見切り発車、その場しのぎの政府の対応が続くマイナンバーカード。本書ではその中でも、私たちの命に直結するマイナ保険証のリスクについて詳細に解説している。
「政府が掲げるマイナ保険証のメリットに“健康保険証としてずっと使える”という項目がありますが、これも嘘。現行の健康保険証は、会社員ならばそれこそずっと使えるし、2年で更新となる自営業者でも自治体から自動的に新しい健康保険証が送られてきます。ところが、マイナ保険証は5年に1度、電子証明書の更新のために自治体の窓口に行かないと使えなくなってしまう。5年後、日本の認知症患者は800万人を超えるといわれており、高齢などの理由で窓口まで行けず、無保険者が急増することも予測されます」
そうした事態に対応するため、政府は暗証番号なしのカードを交付する方針を打ち出したが、セキュリティー面を考えれば非常に危険だと本書。
不信感からマイナンバーカードを返納する人も増えているが、実はマイナ保険証がついているカードを返納すると、より深刻な事態に陥ることはあまり知られていない。
■作るも地獄、返納するも地獄
「カードを返納するとマイナ保険証も解除できると思われているかもしれません。しかし、一度でもマイナ保険証がマイナポータルに紐づけられてしまうと、カードを返納しても二度と解除することができません。一方、カードを返納した後では自身の個人情報が流出していないか、他人の個人情報が誤って紐づけられていないかなどをチェックすることができなくなります。作るも地獄、返納するも地獄なのがマイナ保険証の実態なのです」
本書の巻末には、全国保険医団体連合会との座談会も収録。マイナ保険証の体制整備が困難で、廃業に追い込まれる地域の診療所の実態もつづられている。
2万円のマイナポイントが決め手となり、普及が進んだマイナンバーカード。その背景ではトータル3兆円、国民1人当たりおよそ3万円の税金が使われてしまった計算になるが、問題はもっと深刻だ。
「普及ありきで突き進み、国民も医療関係者も悲鳴をあげているのに立ち止まって検証するという臨機応変さがない政府。勝利ありきで突き進み戦争に敗北したかつての日本と何も変わっていません。国民皆保険や医療の崩壊という敗北を避けるため、国民ひとりひとりが厳しい目で追及していくことが重要です」
(文藝春秋 935円)
▽荻原博子(おぎわら・ひろこ) 1954年長野県生まれ。経済ジャーナリスト。大学卒業後に経済事務所勤務を経て1982年に独立。家計経済のパイオニアとして活躍する。「年金だけでも暮らせます」「最強の相続」など著書多数。