「マッチング・アプリ症候群」速水由紀子氏
「マッチング・アプリ症候群」速水由紀子著
今や婚活者の5人に1人がマッチングアプリで出会って結婚している。しかも利用者は若い人に限らない。中高年をターゲットにしている会社もあり、相手探しの世界では年齢は関係ないらしい。いつの間にそんなことになっていたのか……。
「仕事探しならまだしも、結婚相手をマッチングアプリで見つけるなんて……と当初は信じられませんでした。でも身近な人からアプリで会った話を聞くようになり、この流れは変えられないと実感。ならばどんな世界かを体験しようと思い、複数のアプリに登録してみることにしたのです」
著者は1年半の間に、なんと、200人近くの人とマッチングしてやりとりを交わした。本書は、その体験からこの世界に生息する人々の生態を描いたルポルタージュだ。
ここでは複数の候補者の同時進行は当たり前。入会手続き後、自分の住む地域や興味別ごとのコミュニティーに入会し、相手を検索して気に入った人に「いいね」を付け、相手からも「いいね」が来たらマッチング成立の順に進む。本命を見つけたら「2人一緒に退会」がゴールデンコースだ。
「面白かったのは、取材だったら絶対に話してくれない本音を相手が話してくれたこと。何度か会った人には自分の素性を明かして本を書くことも伝えましたが、マッチング相手となると素直に話してくれました」
著者は、男性のみならずマッチング相手経由で知り合った女性にも複数取材している。たとえば、ある40代の女医は病気で子宮の全摘出手術を控えていた。彼女はイク感じを知らないまま手術するのは寂しいので、アプリで相手を見つけて相性が良ければ結婚したいと真剣に相手を探していた。
どんなに切実な望みでも、いいなと思った相手にここまで本音を言うのは通常難しい。アプリなら周囲の目もないため、互いの要望を開示しやすいし、さぞかしカップリングしやすいはず……と思いきや、著者は驚愕の事実に気づく。
「全然退会しない常連さんがいるんです。彼らの話を聞くと、いつのまにか『いいね』集めが目的になった人、独身の生活リズムが崩せずに実はアプリ程度の付き合いがちょうどいい人、未来の妻のために豪邸を建ててルームツアーをするもののショールームの営業マンみたいになった人、20代から30年間日米アプリを利用し続けた人など、婚活アプリ依存の沼にはまる人がいる。本当に結婚したいのか疑いさえ覚えました」
この手の人たちを、著者は「マッチング・アプリ症候群」と名付けた。その背景や原因を語りつつ、彼らが陥りがちな過ちへの考察が興味深い。また本書では、アプリのやり方がわからない人、婚活そのものに行き詰まっている人に向け、プロフィルの書き方のコツ、危ない人の見分け方なども紹介。かゆい所に手が届く解説書にもなっている。
「気を付けてほしいのは、投資詐欺や美人局。お店を指定してくる人も危険で、ついていったらぼったくりバーだったなんていうことも。特に美人の相手は疑ってほしい。本気なら、本人確認書や独身証明書を提出して信用を高める方法もあります。また、子どもはいらない、オタク趣味がある等々、堂々と本音を開示した方が本命に出会いやすい。本音をぶつけてマッチングした方がいい関係を築けるので、マッチングアプリで男女の関係はもちろん日本が変わる気がします。実は合コンや結婚相談所では相手の本音はわかりにくいので、その点、アプリはオススメですよ」 (朝日新聞出版 979円)
▽速水由紀子(はやみ・ゆきこ) 大学卒業後、新聞社記者を経てフリージャーナリストへ。女性や若者の意識、家族、セクシュアリティー、少年少女犯罪などがテーマ。「あなたはもう幻想の女しか抱けない」「家族卒業」「『つながり』という危ない快楽 格差のドアが閉じていく」など著書多数。