文芸におけるホラージャンルの確立 ~日本ホラー小説大賞~
■じっと見つめられることの気味悪さ
たとえば保険金殺人を扱った『黒い家』(KADOKAWA)にはそんな場面がいくつもあって、帰宅してみたら何者かが自宅の様子を窺っているところに出くわす場面や、犯人が保険金を待つために連日窓口に現れて、なにもせず立ち続ける場面などは実に気味が悪い。
私が会社員時代、社主の孫娘にあたる社員が営業所窓口に配属されたときに、どこから聞きつけたのか、毎日窓口に現れて彼女を指名して何時間も雑談する男がいました。「こっちは客だ」が彼の口癖だったが、迷惑極まりない。業務妨害としか言いようがない。
結局、彼女を別室のバックヤードに机を移して事務処理にあてることになった。「所長を出せ。彼女はどこへ異動したんだ」と男は執拗に食いついてきたけれど、やがて消えた。さもありなん。
話を戻します。この日本ホラー小説大賞は2019年に横溝正史ミステリ大賞と統合され、現在は横溝正史ミステリ&ホラー大賞となりました。前述したように今年は日本ホラー小説大賞が生まれて30周年にあたるので、個人的に、各回の受賞者がたによるアンソロジーを切望しています。
最新の受賞作は北沢陶著『をんごく』(KADOKAWA)。最愛の妻が成仏せずに歪な存在となって現世に残っていると巫女に告げられた主人公が辿る運命とは──。
霊的なものを著す場合、さじ加減が極めて難しいのだが、舞台や登場人物の魅力も相まって、見事なまでに違和感がない。ミステリー的な謎解きを絡めた展開を含め、テンポよくクライマックスへと牽引されます。
主人公が亡くなった妻を追う心情は至極真っ当だ。しかし妻が成仏せず、亡者であることを自覚しない存在となっていたとしたら。会話もままならず、ともにあの世へ連れ立とうと手を伸ばしてきたら--。
そこには悲哀しかない。涙を禁じえない。
横溝正史ミステリ&ホラー大賞は大賞・読者賞・カクヨム賞の3部門に分かれて審査されるが、本作は初のトリプル受賞となり話題となりました。
いま愉しむにはうってつけだ。
■あらすじ
「黒い家」
保険外交員の若槻は、菰田という男からの電話を受け自宅を訪ねたところ、その家で子どもの首吊り死体を目撃する。執拗に保険金の支払いを求める菰田に偽装殺人を疑う若槻は、やがてその妻・幸子から付け狙われるように…。
「をんごく」
関東大震災で被災し、故郷・大阪の船場に帰ってきた画家の壮一郎は、亡き妻が忘れられず巫女に降霊を頼んだ。しかし降霊は失敗し、「奥さんは普通の霊と違う」と警告される。その言葉通り壮一郎の周囲では奇怪なことが起こり始めた。