軍規違反覚悟で救助を選んだ艦長の苦悩

公開日: 更新日:

「潜水艦コマンダンテ 誇り高き決断」

 かつて戦には名誉が不可欠だった。ウクライナやガザを思うと信じがたいが、それもまた人類史の一部だ。

 今週末封切りの「潜水艦コマンダンテ 誇り高き決断」。イタリアとベルギーの合作による戦記映画である。

 1940年。ジブラルタル海峡に近い海域でイタリアの潜水艦コマンダンテ・カッペリーニ号が船籍不明の船舶を沈める。ところがこれが中立国ベルギーの貨物船だった。潜水艦は貨物船の乗組員を救助するが、彼らを乗せたままでは潜水できず、敵と遭遇すれば見捨てざるを得なくなる。

 映画の主筋は救助民を助けるか否かで迷う潜水艦長の苦悩だが、物語の魅力はあいまに挟まれる大小のエピソードのほうにある。敵艦と遭遇し、狭苦しい艦内にあふれるストレス。貨物船に乗っていた通訳代わりの英国青年と艦長の会話。わけても物資不足の艦内で司厨長が苦心する食事のエピソードがいい。エンドクレジットまで見終わると思わずほろりとさせるオマケまでついている。

 軍規違反を覚悟で救助を選んだ艦長は英軍支配の洋上を航行して救助民を送り届けようとまでもくろむ。ベルギー名物のフライドポテトをめぐる挿話も、大人の映画ならではの笑いと感慨をもたらす。英雄的な名誉ある行為だが、「偉業」として描かないところがいい。

 大久保房男著「人間魚雷搭乗員募集」(潮書房光人新社)は学徒動員で海軍の潜水艦乗りになった人の回想だが、あいにく絶版。著者は戦後「群像」の鬼編集長として知られた人で、筆者は学生時代にいくども謦咳に接した。文壇回想記を多数著し、70歳で初めて書いたのが自伝的な小説「海のまつりごと」(紅書房 2989円)だった。「敗者の前にこうべを垂れる船乗りほど偉大なものはない」という映画のせりふに、大久保さんならうなずいてくれるだろう。 <生井英考>

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    自信なくされたら困るから? 巨人・田中将大がカブス戦登板「緊急回避」の裏側

  2. 2

    ニデック永守重信会長の堪忍袋の緒が切れる? 「売上高4兆円」達成に不可欠な牧野フライスの買収が難航中

  3. 3

    巨人・田中将大の早期二軍落ちに現実味…DeNA二軍の「マー君攻略法」にさえなす術なし

  4. 4

    巨人阿部監督が見切り発車で田中将大に「ローテ当確」出した本当の理由とは???

  5. 5

    茨城県知事の異常な県政を朝日も毎日も報じない不思議…職員13人が自殺?重大事件じゃないか!

  1. 6

    立憲民主党の凋落は自民党以上に深刻…参院選改選組が国民民主党に露骨なスリ寄り

  2. 7

    小芝風花&松坂桃李は勝ち組、清野菜名は貧乏クジ…今期ドラマ「トップコート」所属俳優の泣き笑い

  3. 8

    阿部寛「滑舌問題」はクリアできそうだが…新日曜劇場『キャスター』で国民的俳優が試される“唯一の心配事”

  4. 9

    浜田雅功の休養の裏で着々と進む松本人志との"今夏ダウンダウン完全復帰計画"…プラットフォームに本腰

  5. 10

    誰トク?広がる地方私大の公立化…見送られた千葉科学大は「加計学園」が運営撤退も大学存続