「能力で人を分けなくなる日」最首悟著
「能力で人を分けなくなる日」最首悟著
最首悟は東京大学全学助手共闘会議に参加。その後、同大教養学部助手を27年間務める。1977年から水俣病の被害者や地域住民から話を聞く研究者集団「不知火海総合学術調査団」に参加した。
本書は2022年10月から23年4月まで4回にわたって行われた最首と3人の中高生との対話を収めたもの。
86歳(当時)の最首に対するのは、中学3年生で美術部の部長をしている「のぶき」、中高一貫校の高校2年生の「りこ」、同じ高校の同学年の「せん」の3人。
最首はまず、自分の娘の話をする。4番目の子、星子はダウン症として生まれ、47歳で、言葉はなく、目が見えず、食べることをはじめ自分の身の始末ができない。
星子との暮らしでわかったのは「頼り頼られるはひとつのこと」という。最首夫婦は、星子に頼られながら、彼女を頼りにしている。「人間」という言葉が本来「人と人のあいだ」という意味であるように、まず私があるのではなく、「あなた」との関係があってその中で「私」ができていく。
星子はまた、自分が身一つでは生きていけない「弱い」存在であることも気づかせてくれた。ところが、現代社会に蔓延している「能力主義」はそうした弱さを否定する。その考えは優生思想や差別につながっていく。最首は、知的障害者施設の入所者19人が殺害された津久井やまゆり園事件を起こした青年と手紙のやりとりを続けているが、事件の根底には能力によってその人の価値を決める考えがあると指摘する。
そのほか、脳死問題、水俣病問題などが投げかけられていく。最初はそうした大きな問題をどう捉えていいか戸惑っている感じだった3人だが、回を重ねるうちに徐々に考えが形をなしていく。簡単に結論の出ない、考え続けなくてはいけないことではあるが、こうした問いに直面することが彼らにとって大きな財産となることは間違いない。〈狸〉
(創元社 1540円)