「かもめジムの恋愛」大前粟生氏
「かもめジムの恋愛」大前粟生氏
「オレ、今、恋してるかもしれない」。夕暮れの河原でそんな相談を受けているのは、かもめジムの受付アルバイトをしている17歳の女子高校生、柏夢。そして恋に悩む相談者はかもめジムに通う西原孝康、75歳だ。
物語は下町の北鴎町にあるスポーツジムが舞台。会員の8割を占める高齢者たちは運動がてら“恋バナ”に花を咲かせ、彼らの出会いの場にもなっている。
「学校や職場など狭いコミュニティーの中で、年齢や生活環境などの属性が似た人としか交流がない。このような傾向がコロナ禍をきっかけに顕著になったように感じます。でも、それってもったいないことじゃないのか、違う属性の人と交流するハードルをもっと下げられないものかと考え、いろいろな人が集まるスポーツジムを舞台とした物語を描きました」
夢の日課は、片思いの同級生、道重徳弥がトロンボーンの練習をしている河川敷の対岸で、その音色に耳を傾けることだった。そこに通りかかったのが、かもめジムで顔見知りだった西原。「ユメちゃんは彼氏とかいる?」から始まり、自分はジムの会員である44歳の三田園草太という男性に引かれていると悩みを打ち明けられる。
「あるとき入った喫茶店で、近くの席の高齢者グループが恋バナを繰り広げていました。そっと耳を傾けてみると、そこに病気やお墓の話などが当たり前にまざり込んでいて、恋愛と死が地続きであっけらかんと語られていました。私は夢より大人の32歳ですが、高齢者のリアルな恋愛事情は知らなかったし、また知ろうともしてこなかったことに気づかされました」
西原には長年連れ添った妻がいたが、17年前に他界。以前から男性に対する気持ちには蓋をしてきたという。しかし2年前に大病を患い、自分を閉じ込めておくにはもう先がないと話す。
夢にとって、西原が同性に恋をしていることは特別なことではなかった。一方で、当初は年齢差にこそ戸惑い、“おじいさん”というだけで無害な存在と思っていた自分を恥じる。かくしてふたりは58歳差という壁を飛び越え、お互いの片思いを相談しながら友情を育んでいく。
「本作にも書きましたが、高齢者がのんびりと穏やかなマスコット的に描かれることに違和感を覚えてきました。これって、実はお年寄りを心のどこかでなめているんじゃないかと思うんです。でもそれも、交流がなくて知らないからこそ生まれてしまうギャップかもしれません」
本作は連作小説であり、第2話は結婚に焦りながら推し活もやめられないかもめジムの社員サオリと、会員でもないのに毎日愚痴を吐きに来るおばあさんが主人公。第3話では西原の思い人である三田園の人生が、第4話では夢の思い人である道重の片思いが描かれていく。恋愛小説でありながら、普段は交わらない人々が世代も性別も超えて絆を紡いでいく群像劇としても楽しめる。
「恋愛が成就するかどうかよりも、いろいろな価値観の人たちが悩んだり勇気を出したり認め合う姿を描きたかった。年齢や性別にとらわれず、手に取っていただけたらうれしいですね」 (小学館 1650円)
▽大前粟生(おおまえ・あお) 1992年兵庫県生まれ。2016年「彼女をバスタブにいれて燃やす」で小説家デビュー。23年「ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい」が映画化されている。著書に「おもろい以外いらんねん」「回転草」「きみだからさびしい」「チワワ・シンドローム」などがある。