「代替伴侶」白石一文氏
「代替伴侶」白石一文著
物語の舞台は近未来。国連の「地球人口爆発宣言」以来、世界各国で持てる子どもの数は1人に制限され、しかも夫婦間の自然妊娠、出産しか許されていない。婚外子の妊娠が分かれば即離婚、生物学的伴侶と再婚しなければならない。愛する伴侶を奪われた人を救済するために「代替伴侶法」が施行され、人権委員会の審査を通れば、伴侶の記憶を複写したアンドロイドを最長10年の期限付きで貸与される。
そういう時代を生きている主人公、隼人とゆとり夫婦は不妊治療に励んでいた。不妊の主な原因は隼人の精子が少ないことらしい。ある夜、仕事から帰ってきたゆとりは、別の男の子どもを妊娠したことを隼人に告げ、その夜のうちに男の元へ去ってしまう。
「理不尽ですよね。制度だからどうしようもないけど、このまま妻を許すわけにはいかない。復讐心もあって隼人は代替伴侶を申請する。ところが、実際にアンドロイドの妻と暮らすうちに気持ちが変わるんです。見た目も記憶も妻そのもので、しかも絶対に夫を裏切らないようにプログラムされているから、妻であって妻ではない。理想の妻なんですよね」
代替伴侶は俗に「ツイン」と呼ばれている。ツインのゆとりと隼人は、本物のゆとりと生活圏を分離するために地方の町に移住し、穏やかに暮らす。そして2年が過ぎるころ、あろうことか、乏精子症のはずの隼人が、自分に気がある別の女性を妊娠させてしまう。生身の男の性と言うべきか……。
隼人の仕打ちを許せなかったツインのゆとりは、なんと隼人の代替伴侶を申請、ツイン同士の奇妙な夫婦が出現する。2人とも相手が代替伴侶であることを知っているが、自分が代替伴侶であることは絶対に認識できないようにプログラムされている。妻はあと8年、夫はあと10年で駆動停止、すなわち死を迎える。あらかじめ相手の余命宣告を受けている夫婦は、限られた時間を愛おしむように日々を重ねる。アンドロイド夫婦のピュアな愛が切ない。
「どんな夫婦だって、いつかどちらかが先に死ぬわけですよ。3年後かもしれないし、もしかすると明日かもしれない。長く一緒に暮らして最期を看取る、看取られる。それが夫婦の醍醐味だと僕は思う」
本物のゆとりと隼人は、ツインの幸福な日常をそっとのぞき見て、あり得たかもしれないもうひとつの人生を思う。子どもが介在しない夫婦の人生を。
「いま、結婚の価値はダダ下がりでしょう。でも、男女が出会って、縁あって結婚して、角を突き合わせることがあっても最後まで一緒に暮らす。この関係って、ほかにないよね。人生上のすごく価値あるものに育つ可能性があると思う。僕が書きたかったのは、結婚て悪くないよ、もう一度見直してみたらどう? ってことなんです」
未婚、非婚、離婚だらけのこの時代に、SF仕立てで結婚の意味と価値を問う意欲作。どんな恋愛関係よりも、夫婦こそが最もディープな男と女の関係ではないかと思えてくる。
(筑摩書房 1870円)
▽白石一文(しらいし・かずふみ)1958年、福岡県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。文藝春秋勤務を経て、2000年「一瞬の光」でデビュー。09年「この胸に深々と突き刺さる矢を抜け」で山本周五郎賞、10年「ほかならぬ人へ」で直木賞を受賞。他に「僕のなかの壊れていない部分」「翼」「火口のふたり」「投身」「かさなりあう人へ」など著書多数。