「祖谷物語―おくりひと―」蔦哲一朗監督
「じいちゃんができたんだ、自分だって何かできる」と夢をかなえた。池田高校野球部を率い、甲子園を3度制した名将、蔦文也監督の孫の哲一朗さん(29)だ。資金調達から脚本・編集まで一手にこなし、故郷徳島の秘境に挑んだ本作で商業映画デビューを飾る。
――映画監督を志したのはなぜですか。野球の道は考えなかったのですか。
「大学(東京工芸大)の授業で16ミリでの撮影を学び、映画製作の面白さを知ったのが始まりといえば始まりです。同級生とつくった自主映画サークルが、ごく自然に映画製作会社になっていきました。野球については、祖父から勧められたことはありません。背が低く、僕に才能があるように見えなかったのでしょう。スポーツでいえば、小中高とサッカーに明け暮れていました」
――同じ監督として、祖父から受け継いだところはありますか?
「正直なところ、祖父との思い出はこれといったものがありません。自転車の後ろに乗せてもらい、プラモデルを買ってもらったくらいです。僕が大きくなってから、祖父はずっと闘病生活を送っていました。父や祖母に介護してもらっている印象が強いです。ただ、2001年春に亡くなった時、日本中から1000人もの方が告別式に参列する光景を見て、偉大さを実感したといいますか、よーし、自分も何かやろうって奮い立ったのを覚えています。祖谷で映画を撮ろうと決め、三好市の市長さんに企画書を通してもらい、市の助成金や地元の方々の寄付にあずかれたのも、後ろに蔦文也の名前がありましたし、祖父に手を貸してもらったようなものです」