益岡徹デビュー秘話 仲代達矢が開演30分前に“代役”指名
「やあ、あの時は大変だったな」と仲代達矢(82)は声をかけた。「まさか鮮明に覚えていてくださるとは」と益岡徹(58)は目を潤ませた。仲代が東京・世田谷の自宅庭で「無名塾」を始めて40周年を迎えた今春、朗読劇「死の舞踏」で28年ぶりに師弟共演することになり、仲代劇堂で再会した時の第一声である。
時は1980年にさかのぼる。47歳の仲代はPARCO西武劇場で、俳優座を退団して初の芝居「ソルネス」に臨んでいた。
この年、仲代の主演映画「影武者」(黒沢明監督)がカンヌ国際映画祭でパルムドール(グランプリ)を受賞したとあって、映画、演劇ファンが客席に詰めかけていた。
そして、「さあ今日も幕が上がる」と緊張感が高まる中、舞台裏でアクシデントが起きた。主要キャストのひとりが衣装とメークを済ませ待機中に、体調を崩してしまったのだ。開幕30分前。仲代は若い弟子たちを見回して、「おまえがやれ」と、ひとりを代役に指名した。4期生の益岡である。早大でアングラ演劇をやっていたとはいえ、まだ入塾1年目。プロの舞台に立った経験もなく、大道具係のひとりだったため、準備も心構えもしていなかった。益岡は言う。