試合描かず 異色作「アルプススタンドのはしの方」狙いは
監督はピンク映画の鬼才・城定秀夫氏
女子高校生を演じた小野莉奈、西本まりん、中村守里、黒木ひかりら俳優陣が皆いい。役柄の意味を存分に飲み込んだ上で、はつらつたる演技を見せてくれた。実のところ、彼女たちの新鮮極まる演技の発露が、描かれない選手たちの奮闘ぶりに重なり合う。俳優であれ野球選手であれ、ともにこれから世界に進み出そうとしている若者なのだ。さきの二重写しといい、この重なり具合といい、複雑な構造をもっている。監督はピンク映画などで知られる城定秀夫。長年培った細やか、かつ要所を締めていく確かな演出力が息づいていて、非常にうれしく思った。
■知名度より原石
俳優陣はもっと知名度のある人にしたほうが良かったのではないかという声を聞いた。そうではない。原石のような彼女たちの演技があるからこそ、イメージの膨らみ方に凄烈な印象が呼び込まれるのではないか。野球場が甲子園に見えないという声もあったらしい。もっともな指摘だが、これも違うのだ。それは本作が人間の奥深いところにあるイメージという精神力に絶えず刺激を与えようとしていることと関係している。観客にとっても同じだ。甲子園という場を想像することが、観客側にも求められているといいたい。
特別な夏だ。制約されることが山ほどあって、本当にやりきれない。人々のいろいろな思いの束が見えない形であちこちに飛び交っている感じがする。そんな中、低予算製作の「アルプススタンドのはしの方」は、イメージや想像力から生まれる豊穣な世界の大切さを教えてくれる。甲子園、高校野球という枠を超えて多くの観客にさまざま刺激、勇気を与えてくれることだろう。