故・藤島メリー泰子名誉会長 ジャニーズに捧げた「女帝」の激しき生涯…タレント愛ゆえの“剛腕”も数々
「記者団に会釈してくれたその足で舞台関係者のもとへと向かわれ、にこやかに接待されていたのを覚えています。1962年の創業当時から経理や実務をこなし(弟の)ジャニーさんがその力を存分に発揮できるよう、縁の下の力持ちとなって支えたメリーさんはジャニーズの代表として、関係各所に自ら足を運ばれていました。ジャニーさんが才能を見出したアイドル、タレントたちをデビュー前から見守り、衣装を縫い付けたり、弁当をつくってあげたり、洗濯までしてあげていた。メリーさんの溌剌とした立ち居振る舞いが印象的でした」
タレント発掘からグループ結成、舞台プロデュースなどで「ジャニーズ帝国」を築いたのがジャニー喜多川氏なら、メリー氏はその裏方、経営やビジネス面でその力を発揮し、長年副社長としてマスコミ対応までこなし、今日のジャニーズブランドを築き上げた。表舞台に登場することはほとんどなかったが、ジャニー氏ともども、芸能界に多大な影響力を持つ大物であった。
「もともとジャニーズは商店であったという言い方があるんです。煌びやかなアイドルやグループを揃え、ファンを楽しませる。大所帯となり、今や大きな会社組織ですけれども、かつてはジャニーさんメリーさんご姉弟が出店をまわるようにし、ときに店頭に立って、盛り立てていたからでしょう。年も年ですから、という言い方でしたけど、お元気にされていると聞いていましたので、突然の訃報には驚いています」(前出の城下氏)