「芸術祭十月大歌舞伎」尾上松緑主演の新作「荒川十太夫」が今月のベスト
今月は国立劇場に尾上菊之助、中村勘九郎・七之助たちの平成中村座と、三座が開いている。そのせいか、歌舞伎座は役者が薄い。
そのなかで第一部が見応えがある。客席も満席に近い。市川猿之助の「鬼揃紅葉狩」は、いわゆる「紅葉狩」を、三代目猿之助が新演出したものを、当代の猿之助、松本幸四郎で。前半からリズミカルで、躍動感がある。
続いての新作「荒川十太夫」が、今月ではベスト。講談師・神田松鯉の人気作を歌舞伎にしたもの。赤穂義士の外伝のひとつで、討ち入りを終えた堀部安兵衛の切腹シーンから始まる。ここが映画的な演出で、すごいものが始まりそうとの予感を抱かせる。
主人公の荒川十太夫は身分を偽っており、その真相が一種の裁判劇として明かされていく、ミステリータッチの芝居だ。過去を物語るのは、古典歌舞伎では、あくまで「語る」わけだが、本作では回想シーンとして演じられ、この部分の演出がよくできている。
回想シーンに出てくる堀部安兵衛は猿之助で、「そこにはいない人物」と観客に分からせつつも、そこに本当にいるように見せる難役を、的確に演じていた。