ベストセラー「舟を編む」が初のドラマ化 原作者・三浦しをんさんは言葉とどう向き合っているのか
三浦しをん(作家)
辞書作りにかける編集者の情熱を描いたベストセラー小説「舟を編む」がドラマ化される。書名の由来は「言葉という大海をゆく辞書は、長い年月をかけて人の手によって丁寧に編まれた書物だからこそ、造船所のような大きな『船』ではなく、手で漕ぐ『舟』にしたんです」という。執筆から10年あまり。映画化、アニメ化に続く映像化にあたり、移ろいゆく時代の流れ、言葉との向き合い方、その思いを語ってくれた。
■「舟を編む」映像化は、親戚の子を見る感覚
──「舟を編む」のドラマ化は初めて。映像化はおよそ7年ぶりですが、原作者からするとどんな受け止めなんでしょうか。
薄く血がつながっている親戚の子の活躍を見ている感覚ですかね。小説を書き上げて本になったら、私はあまり読み返しません。自分が書いた本ではあるけど、分身とは思わない。今回のドラマのように小説とは異なる媒体で表現された作品を見ると、それぞれの作り手の解釈が入っていてとても刺激的ですし、そうは言っても私と無関係ではないので、親戚の子を眺めている感じ。ドラマ化の話は、2012年に本屋大賞を受賞したころにプロデューサーの方から声をかけてもらいました。それ以降、ずっと構想を練ってくださっていたそうで、小説の後半に登場する女性の編集者を主人公に、今の時代に即した内容にしていただけるようでとても楽しみです。
──ドラマでは電子辞書にも触れられるそうですね。
世の中の流れが今後「電子寄り」になると思っていたからこそ、逆に原作の「舟を編む」では紙の辞書の良さや、どうやって作っているのかを伝え、残したいなと思っていました。もちろん電子辞書も執筆当時にあったのですが、私自身あまり馴染みがなかったので目配りできていませんでした。昨年の芥川賞を受賞された市川沙央さんが「電子書籍にしてくれないと困る」とおっしゃっていたり、自動読み上げ機能を付けることが当然になっていたりするので、これからは選択肢としていろいろなものが選べるようになるとも思っています。原作を書いている時点では思い至れなかった部分もあったのですが、ドラマではその点をうまくカバーしていただけることや、女性の描き方についても、この10年で世の中が大きく変わったので、ドラマ化のタイミングとしてはとても良かったと思っています。
──今も紙の辞書を使用していますか?
使っています。国語辞書で一面埋まっている本棚もありますよ。在宅仕事なので、電子辞書や辞書アプリよりも紙で持っています。普段手に取るものは決まっていて、大辞林と広辞苑は常に手元に置いています。三省堂国語辞典や岩波国語辞典を引き比べることも多いですし、表現辞典やことわざ辞典は読みものとして面白いです。ただ最近は五十肩になってしまい、大きな辞書が持てなくなってきたこともあって、やっぱり電子辞書は大事だなと思いました。文字も大きくできますし。
──電子化は小説界にも広がっていますよね。
電子書籍やオーディオブックなど、選択肢があるのは良いことですね。ただ、電子書籍が登場した当初は配信元が乱立していたのもあって、慎重派でした。電子書籍という媒体が嫌なのではなく、収益構造がまったく分からなかったからです。市場が確立されて出版社の採算が取れるなら、ツールが増えるのは歓迎ですし、小説を表現する媒体としてオーディオブックは可能性を秘めている。私も「墨のゆらめき」で挑戦しましたが、オーディオブック化を前提に小説を書くことで、今までとは違う面白い試みが生まれてきそうな感触があります。