「広島」「被爆者」――50年前の恋人を探す男がたどりついた「別れの真相」

公開日: 更新日:

21世紀の現代にも続いている戦争の爪痕

 若きクリストファーは東洋の美女に無上の愛情を抱く。ミコは彼の肉体と精神の一部となっているようだ。だがミコは何の理由も告げずに去って行った。何が起きたのか分からない。その後、クリストファーは結婚したものの割り切れない孤独感を抱えて生きてきた。

 だが妻に先立たれ、認知症によって記憶を失うことを意識したとき、彼は過去の旅に出る。かつて働いたロンドンの日本料理店を訪ねると建物は残っているが、タトゥーの彫り師の店に変わっていた。クリストファーは施術を依頼する。左腕に彫った文字は「勇」の一文字。かつての恋人を探し求めるのだという決意の表れであり、認知症のハンデを背負った自分を鼓舞する意味もあるだろう。

 ミコはなぜ彼を裏切ったのか。テレビの報道番組によって明らかにされたとおり、この映画には「広島」「被爆者」というキーワードが登場する。69年は原爆投下からまだ24年。被爆問題は生き残った人たちに暗い影を残していた。それは21世紀の現代にも続いている戦争の爪痕なのだ。

 クリストファーは広島、被爆者という手がかりを元に日本の地を踏み、過去を手繰り寄せる。そこには初対面ながら気の良い日本人たちがいる。彼らとの交流を経てクリストファーは真実の核心に近づいていく。

 ネタバレになるので詳しく書けないが、本作のラストには思わぬ出会いが仕掛けられている。その感動を高めるのはコルマウクル監督の欧州人らしい乾いた演出だ。日本人監督が陥りやすい涙の号泣を避け、人物たちの無念と喜びを淡々と描いた。しかもその描写は拍子抜けするほど短い。簡潔な進行によって観客は哀愁ともに爽やかな余韻に浸ることになる。

 筆者は常々「映画はラストで決まる」と考えてきた。たとえ退屈な物語でも最後の数分間に心を揺さぶられる要素が潜んでいれば満足だ。そういう点でこの「TOUCH/タッチ」は十分に納得できる完成度。いずれDVD化されたら、ラストの5分間だけでも繰り返し見たいと思う。

 余談ながら、作中の69年のロンドンは学生運動の気運が充溢。若者たちの言動から当時の熱気がびんびんに伝わってくる。だが、よくよくセリフを吟味すると、社会変革の情熱が衰亡する予感に気づかされるのだ。日本で東大安田講堂事件が起きたのはこの年の1月だった。その後学生運動が縮小し、あの「総括」に向かったことはご存じのとおりである。

 ただし学生運動うんぬんは本作のストーリーとは関係ない。長い空白を経て、記憶障害と戦いながら失われた人生を取り戻そうとする男の闘志を味わってほしい。

(文=森田健司)

最新の芸能記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    高嶋ちさ子「暗号資産広告塔」報道ではがれ始めた”セレブ2世タレント”のメッキ

  2. 2

    フジテレビ「第三者委員会報告」に中居正広氏は戦々恐々か…相手女性との“同意の有無”は?

  3. 3

    大阪万博開幕まで2週間、パビリオン未完成で“見切り発車”へ…現場作業員が「絶対間に合わない」と断言

  4. 4

    兵庫県・斎藤元彦知事を追い詰めるTBS「報道特集」本気ジャーナリズムの真骨頂

  5. 5

    歌手・中孝介が銭湯で「やった」こと…不同意性行容疑で現行犯逮捕

  1. 6

    大友康平「HOUND DOG」45周年ライブで観客からヤジ! 同い年の仲良しサザン桑田佳祐と比較されがちなワケ

  2. 7

    冬ドラマを彩った女優たち…広瀬すず「別格の美しさ」、吉岡里帆「ほほ笑みの女優」、小芝風花「ジャポニズム女優」

  3. 8

    佐々木朗希の足を引っ張りかねない捕手問題…正妻スミスにはメジャー「ワーストクラス」の数字ずらり

  4. 9

    やなせたかし氏が「アンパンマン」で残した“遺産400億円”の行方

  5. 10

    別居から4年…宮沢りえが離婚発表「新たな気持ちで前進」