トイレ掃除に打ち込む独身男の“悟りの境地”『PERFECT DAYS』ラストの笑みは何を物語るのか?
ただし、その確執が具体的に語られることはない。分かっているのは平山が物質的に豊かな生活を離れて下町の安普請に身を寄せ、肉体労働に黙々といそしんでいることだ。彼は寡黙で文学を好む読書家。俗世の汚濁から解放され、無私ともいえる生き方は悟りの境地に達したとさえ見える。
おそらく平山の暮らしは裕福ではないだろう。だが我々は彼が整理整頓の行き届いた部屋に住み、就寝前に満ち足りた顔で文学書に向かう姿を見て、憧憬のような感情を抱いてしまう。
都会にありながら、平山は喧噪から逃れて規則正しく、そして自由に生きている。口数が少ないことも相まって「静謐」とも言えるたたずまいだ。掃除人として軽視されながらも一心不乱に、そして楽しそうに働く。羨ましいほど生き生きとしているのだ。
「初老男の平凡な日々。見ていて退屈だった」と本作にケチをつける声もあるが、決して平凡ではない。アヤは平山のカセットテープを1本くすねて返却し、タカシはアヤに会うカネ欲しさに無理を言ってくる。ニコは突然訪ねてきて清掃の仕事を手伝う。高校生の彼女は母親に反発しているが、平山のことはリスペクトしている。その証拠に彼の本棚の一冊を読み始める。そして家に帰りたがらない。