トイレ掃除に打ち込む独身男の“悟りの境地”『PERFECT DAYS』ラストの笑みは何を物語るのか?
だがここで両者の間に波紋が生じる。平山が居酒屋の中でママと彼女の元夫(三浦友和)が抱擁しているのを目撃してしまうのだ。平山は表情を変えず言葉も発しないが、心は乱れている。
しかしこの脚本にはもう一段の展開が仕込まれている。元夫が夜の川べりで平山に声をかけ、自分ががんであることを告白したことだ。2人は子供のように影踏みをして遊び始める。2023年は役所広司67歳、三浦友和71歳である。70歳前後のおっさんが影踏みとは少し違和感を覚える光景だが、これは新旧交代を表現しているのだろう。
元夫はまもなくこの世を去る身だ。一方、平山はこれからも生き続ける。元夫が「あいつのこと、よろしくお願いします」と言ったように、彼はママを平山に託すつもりだ。昔の男と現在の男が逃げたり追ったりを繰り返して互いの影を踏み合う。1人の女をめぐって2人の男が交流。バトンを渡し、渡されているのである。
キーワードは元夫の「影って重なると濃くなるんですかねえ」というセリフだ。これに平山は「濃くならないはないでしょう」と答える。影を踏めば影の濃度は2倍になる。ママはこれから、2人分の愛情を受けて生きていくことになる。