「効かなくなったら抗がん剤は中止する」そんな文書に落ち込む患者もいる
しかし、元気な時に決めたことに対し、いざ死が近づいた時には考えが違ってくる患者さんはたくさんいます。そして、「患者中心の医療」と言いながら、そうしたプランは医療者や介護者側の都合に合わせてしまっていないか、社会の多数の意見に合わせてしまっていないかという点も気になります。治療が効かなくなったら中止する。無駄な延命治療はしない……そんな方針が“既定路線”になってしまっているのではないでしょうか。
「最後まで治療したい」と希望する患者さんがいることなどは想定していない。そして、「いつでもサインを撤回できる」となっていても、実際に撤回することがあるなんて、考えもせずにプランを作っているかもしれない。そう思うのです。 「日本人はもっとしっかりした死生観を持て」と言われる方がいます。しかし、逆に日本人の「曖昧さ」にも良さがあり、少なくとも終末期はホッとできる、安堵できる、いろいろな考えが受け入れられる……そのような社会であって欲しいと思っています。面と向かって「死」についてなんて考えることなく終わりたいという方もいるのです。
Aさんのお話を聞いていると、気づけば抗がん剤の点滴袋が空になっていました。ベッドのそばの花瓶には夕日が当たり、真っ赤なナンテンの実が光り輝いていました。