手紙を読んで死の恐怖を乗り越える術に一歩近づいた気がした
短い命を告げられた患者が、宗教なしでどうやって奈落から這い上がるのか? そのひとつの術として、女性作家のKさん(当時73歳)からいただいた手紙を紹介します。
◇ ◇ ◇
私自身、深刻な病気を持ちながら死ぬまで生きる杖が欲しくて、すでにやめてしまった「書くこと」を再開したものですから、よくわかります。
死が差し迫った現実になった人にとって、何のために生きるのか、の「何」は、哲学的な命題ではなく、具体的な日常的な目標なのだと思います。
つまり、細々としたやらねばならないことに囲まれた日常を維持することで、死という非日常を乗り越える。あるいはやり過ごす。奈落に日常を持ち込むことで、生と死を一続きの人間の営みととらえ、孤立し切断される死ではない、人の生活の中にある自然な死を実感して気持ちを立て直す。這い上がる。
よく山で死ねば本望、舞台で死ねば本望などの謂いがありますが、それもそういうことだと思います。明日はこれをしよう、ここまで行こうなどと希望しながら死んでいくのが一番自然な死だと私は思います。