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佐々木常雄東京都立駒込病院名誉院長

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

乳がんは骨転移だけであれば命に関わらないことも多い

公開日: 更新日:

 友人の医師からこんな電話がかかってきました。

「知り合いのGさんについて、相談に乗って欲しいのです。『全身がん』と言われて悩んでいるようです。本人から電話させますからよろしくお願いします」

 数日後、Gさんから電話があり、これまでの病状の経過をうかがいました。

 Gさんは56歳の主婦で、会社員の夫と大学生の息子がいます。7年前、右乳がんの手術を受けました。手術後、抗がん剤治療、ホルモン療法を行い、経過は順調だったのですが、3年経って背痛と腰痛が出てエックス線検査を受けたところ、担当医から「骨が一部溶けています。乳がんの骨転移です」と説明されました。

 たしかに、医師が指さした胸椎・腰椎骨の場所は、骨が薄くなっているのが素人目にも分かりました。

「溶けているところは潰れやすく、脊髄に影響するとマヒが起こるなどして危ないので、すぐに放射線治療を始めましょう。次回は骨シンチグラムで他の骨転移の有無も調べます」

 そう言われて受けた骨シンチグラム検査では、全身の骨のあちこちに黒くなっている箇所がありました。そして、「転移は全身の骨ですね。抗がん剤治療も始めましょう。このように骨転移が起こった場合、がんはもう治らないと思ってください」と告げられたのです。

 Gさんは「治らない。がん全身転移……私は治らない。もう、もう死ぬんだ……」と思ったといいます。

 再発が分かって4年経った現在も、ずっと同じ病院でホルモン剤の内服が続いていて、1年前に担当医が代わったタイミングで、いったん終了した抗がん剤治療も再開しています。

■「私みたいに全身転移で、こんなに生きる人はいるのでしょうか?」

 先日、歯痛と歯肉痛があり、近くの歯科医院で診てもらうと、「歯が3本ダメになってきています。下顎骨も問題です。病院の口腔外科で診てもらった方がいいでしょう」と言われました。

 その時、Gさんは「私は歯の痛みを抑えていただきたいのです。私はがんが全身に転移しています。もう、私は治らないと言われています」と伝えました。すると歯科医は、「そうですか。ご自宅が近いので、またおいでください。しっかり治すには、病院の口腔外科で診てもらうことを勧めます。紹介状はいつでも書きますよ」と言ってくれたそうです。

 そして、Gさんから本題となるこんな質問がありました。

「歯の痛みについては口腔外科に行くつもりです。それはそうしますが、先生! 電話でこんなことを聞くのは大変失礼なのですが、ぜひともお聞きしたいのです。私は末期がんなのでしょうか? 私みたいに全身転移で、こんなに生きる人はいるのでしょうか? 私はいつ死ぬのかをずっと考えてきました。腰が痛かったりすると『もうすぐ死ぬ』……調子の良い時は『まだまだ生きられる』……ずっとそんな思いの繰り返しなのです」

 私はこう答えました。「乳がんは多くの場合、肺や肝臓などの臓器に転移すると命に関わることが多いのですが、骨の転移だけであれば、たとえ全身骨でも直接命には関わらないことが多いのです。Gさんは全身の骨転移で『治らない』と言われました。たしかに今は治らないかもしれませんが、命には問題ないのかもしれません。また、長く生きていると治療薬も進歩します」

 樹木希林さんは62歳で乳がんの手術を受け、70歳で全身がんだと告白し、それからも映画などに出演して活躍され、75歳で亡くなられました。樹木さんのがん転移の詳細は分かりませんが、著書「樹木希林 120の遺言」にこんな一節があります。

「内田に言われました。『全身ガンで明日にでも死ぬのかと思っていたら、やたら元気でいろいろなところに顔を出すので、あれはガンガン詐欺(笑い)だと思われているよ』って」

 乳がんは骨に転移しやすいがんですが、全身の骨に転移しても、多くの場合、骨転移では死なないのです。

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