(23)何もできなくなった母…どうすれば自宅に戻せるのか
看多機は、訪問看護・通い・宿泊などを組み合わせた柔軟なサービスで、比較的新しい制度だった。当時、ようやく全国に広がりはじめたばかりだったが、幸いにも実家から車で3分ほどの場所に施設があると教えてもらった。普段通っている道沿いに、そんな施設があることなど、それまで気にも留めたことがなかった。
要介護認定の通知は郵便で届くという。父と感情的に対立していた私は、月に一度だけ、母の入院費の振り込みの連絡をするためにしか電話をしていなかった。12月に入り、認定結果が出る頃合いを見て、久しぶりに父に電話をした。市役所から郵便物が届いていないかと聞くと「来ていない」と言う。
2、3日おきに電話をかけてみたが、返事は変わらなかった。本当に届いていないのか、それとも気づいていないのか。日に日に不安がふくらんでいった。(つづく)
▽如月サラ エッセイスト。東京で猫5匹と暮らす。認知症の熊本の母親を遠距離介護中。著書に父親の孤独死の顛末をつづった「父がひとりで死んでいた」。