デビュー作「みどりいせき」で文学界を騒然とさせた大田ステファニー歓人さんの素顔
大田ステファニー歓人(作家)
〈このたび、わらいありなみだありのすったもんだのすえ、スーパーすばるちゃん人形を手にしました〉。こんな書き出しで始まる文学賞の受賞コメントが、かつて存在しただろうか。第47回すばる文学賞を受賞した「みどりいせき」で鮮烈デビューを飾り、純文学としては異例な注目度だ。5日に発売された単行本は、翌日に大重版が決定。文学界を騒然とさせた新人の素顔とは──。
■通学中に飲み、授業中に飲み
──小説を書き始める前は、大学で映画を学んでいたそうですね。
高校卒業後の進路を決める時、何となく自分はサラリーマンには向いていない気がして。高校でバンドを組んでいたので音楽を続けたいと思ってたんですが、音楽は誰かに教わらなくても続けられる。「どうせ勉強するなら映画かな」って思ったんです。でも、映画作りは音楽以上に共同作業すぎて「無理かも」と。また音楽に集中しようとしたんですが、お酒とかにハマってしまって。電車内でシラフでいるのがきつかったので、麦茶のペットボトルにウイスキーを入れて飲みながら通学したり、授業中も飲んだり。
──在学中に作家の関川夏央さんのゼミで文章表現を学ばれたとか。それがキッカケでお酒はやめられたのですか。
いえ、在学中はずっと飲んでいたので、変わってないですね。関川さんのゼミでは、例えば、自分の地元について新聞記者になった体で記事風の文章を書くとか、会ったことのない祖父母について、両親にインタビューして脚色アリでまとめるとか、そんな課題が出されていました。普通、リポートはウソを書けないですけど、関川さんの課題は別にウソを書いてもOKだったし、事実かどうかも気にされなかった。想像力だけで文章を書くのがすごく刺激的だった。脚色で固めた文章だとしても、気持ちが乗っかったり、スッキリしたり、書くのがちょっと面白いなと。
──音楽や映画製作よりもしっくりきた?
音楽は、ライブをしていても表層的な部分しか受け取られずに聞き流されたりしますよね。映画もボーッと見てたら終わるし、寝てても終わる。でも、文章は流せない。まあオーディブルとかありますけど、寝てたら前に進まないし、何より読んでいる人の時間を奪える。単純に消費されたとしても、「こっちもアンタの時間をもらっといたから」みたいな。それで文章で表現するのがいいなと思って、小説にたどり着いた感じです。
──表層的な消費に抵抗感があったのですね。
例えば、新しいバンドやラッパーが世に出てきた時に、聴く人によっては「これ○○っぽくて最高」「○○の二番煎じじゃん」みたいに比べられちゃう。どんな表現方法にしても、魂を持っているやつが作っていれば、唯一無二っちゃ無二なんですけどね。受け取る側に違いを見分ける能力がないのか、表現する側に見分けさせるための濃度が出力されていないのかの問題なんですけど、単純に音楽や映画はいろんな側面で消費されやすいんじゃないかという感覚がありました。
──卒業後の進路志望に「プロボウラーか、小説家」と書いたそうですね。
就活していない人に大学側が「進路どうするの?」って聞くんですよ。それで「プロボウラーか、小説家」と答えたら、「あ、そう」みたいな。プロボウラーはなれるもんならって思っていましたけど、ほとんど真剣にやったことはないです。映画監督のトニー・スコットについて自分なりのドラマを「デッチ上げ」た卒業論文が最優秀に選ばれ、論文主査の人が卒業式の壇上で「適当なやつだけど、ちゃんと書けるかもね」みたいな講評をくれて。なんか自分が小説家になる前提でしたね。