“肘の権威”がマー君に進言「PRPより手術で完全復帰を」
医学的には1週間くらいの登板間隔が必要
――ダルビッシュ(レンジャーズ)はメジャーで肘を壊す投手が多いのは中4日の弊害ではないかと指摘しましたが。
「日本人投手は移籍当初は中4日の登板間隔に苦労していますが、外国人投手と比べて体力に差があるとは考えられません。慣れてしまえば、こなせると思いますが、トップアスリートでも疲労回復に時間はかかるものです。医学的には1週間くらいの登板間隔が必要かなと思いますね」
――田中は25歳と若く、契約も来年から6年残しているだけに、早めに手術を受けた方がいいのではないですか?
「手術すれば、復帰に1年以上を要しますから、回避できるならそれに越したことはありません。ただ、肘を痛めた投手は肩や腰、股関節に障害のあるケースが少なくありません。手術すれば、肘のリハビリと同時に他の箇所も治療できるので完璧な状態で復帰できる可能性はあります」
――トミー・ジョン手術を受けた投手は球速がアップするといわれていますが。
「球威が増すのは、新しい腱を移植したからというよりも、痛めていた肩、腰、股関節など他の箇所も機能がリハビリにより改善したことの方が大きいのだと思います。作り直した靱帯がもともと持っていた正常のものよりも強いはずがありません。田中投手のようなトップアスリートは、子供の頃から休みなく練習してきたと思うので、他の問題がある部位も治療して、一からやり直すチャンスだと思います。田中投手にとっては休養するいい機会かもしれないと、良い方に解釈し、また活躍して欲しいものです」
――成功率が高いため手術への心配はありませんが、術後のケアはどうすべきですか?
「私たちの病院では、これまで100人以上のプロ野球選手を手術してきましたが、肘の靱帯損傷は25人ほどで、その90%以上が復帰しています。手術のリスクはありませんが、まずは移植靱帯が骨としっかりと癒合することが根本なので、私たちは術後4週間、患部を固定します。次に筋力を付けながら、可動域を広げて4カ月経過した段階で初めてネットスローを行います。5カ月後からキャッチボールを始め、徐々に距離を延ばしていく。7カ月目でようやくマウンドから軽い立ち投げを始め、患部の状態にもよりますが、全力で投球練習するのはプロの投手なら10カ月後ぐらいです」
――リハビリの途中で恐怖心が芽生えることはありますか?
「恐怖心を抱く投手は少なく、投球練習を勧めても『いや、まだいいです』とちゅうちょする人もいますが、復帰を急ぐ選手が多いです。全力投球できるまでに回復しても、無理は禁物です。徐々に球数を増やしていき、週に2日はノースローの日を設けます。ジョーブ先生の手術を受けた桑田真澄選手(元巨人)の場合は実戦復帰までに570日を要したと聞いていますが、今なら1年~1年半で済む。リハビリのプログラムは進化しており、物理的には十分な期間と言えるでしょう」
◇いとう・よしやす 1943年(昭和18年)1月18日生まれ。71歳。慶応大学卒業後、同大整形外科講師、医局長を経て、89年に慶友整形外科病院に赴任。日本整形外科学会専門医、日本肘関節学会会長などを歴任し、広島のチームドクターも務めた。