「清原初公判」の夜に復帰KO…巨人内海“暗黒時代”の記憶
巨人の内海哲也(34)が17日、山形でのDeNA戦に今季初登板初先発。六回途中まで113球を投げ、9安打3失点でKOされた。
その内海がかつて言っていたことがある。
「入団した頃、先輩はみんな怖かった。でも一番怖かったのは清原さん。四球とか出したらカツを入れられそうで……。最初の何年かは敵にも味方にもビビりながら投げていました」
この日、初公判を終えた清原被告は05年限りで巨人を退団したため、内海との接点は2年間。しかし、先発ローテーションに定着したプロ2年目の05年は、清原被告も開幕4番として君臨していた。
この頃の投手陣は、工藤や桑田や上原といったアクが強い個性派が揃っていた。チームはいつもピリピリし、内海はこれを「暗黒時代」と呼ぶ。その後、投手陣のリーダーとして、先輩、後輩の垣根を取っ払い、フレンドリーなチームに変貌させたのだが、そのきっかけをつくったのが清原でもあったのだ。
当時の清原は確かに荒れていた。激励会で自身の耳に輝くピアスを指摘され、壇上の渡辺オーナーを食ってかかりそうなほどにらみつけたり、当時の堀内監督とのハイタッチを拒否したこともある。ある選手によれば、「清原さんはよくベンチを蹴っ飛ばしていたから、内海や若手はそのたびにビクッとしたもんです。しかも内海はバリバリの堀内監督派。清原さんには敵と見られていましたから」と言う。
内海について高橋監督は「まあまあだったかな」としながら、「次回? 考えても決めてもいない」と明言しなかった。この日のKO負けで後がなくなった内海。よもや、マウンドで清原被告の顔がよぎったわけではないだろうが……。